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病院感染対策のポイント

第1章 病院感染の伝播予防策

No. 1  標準予防策と接触予防策 -手洗い-

標準予防策と接触予防策においては、それぞれどのような場面で手洗いが必要とされているのでしょうか?

標準予防策は血液への接触など主に感染源との直接接触に対して行われる予防策であり、接触予防策は排菌患者の周辺環境など感染源との間接接触に対して標準予防策に追加して行う予防策です1)。したがって広い意味ではどちらも主に接触伝播に対して行われる予防策です。どこまでの対策が標準予防策に含まれるのか、どの対策を接触予防策として追加するのかという区別については論者によってニュアンスが異なる場合があるので注意が必要です。ここでは、スタンダードプリコーションという用語をはじめて定義したCDCの隔離予防策のためのガイドライン(1996年)3)における区別におおむね沿いながら、他のガイドライン1、4、5)も参照しつつ述べることとします。

標準予防策においては、血液、体液、分泌物、排泄物や患者の創傷、粘膜などに接触する場合に手袋を着用し、処置後手袋を取ったあと手洗いを行います(表2)。また患者の皮膚に直接接触した後にも手洗いを行います3)。カテーテルの挿入など侵襲的な処置を行う場合には手袋を着用する前に手洗いを行います。また、易感染患者に接触する場合には接触する前に手洗いを行います4、5)。血液などで汚染される恐れのある場合にはガウンやマスクを着用します。接触予防策においては、患者の皮膚に直接または汚染の疑われる周囲に接触する場合、手袋を着用し、処置後手袋を取ったあと手洗いを行います。患者と濃密に接触する場合などにはガウンを着用します3)。なお、ここでいう手洗いとは衛生的手洗いを指します。手袋をする場合やしていた場合にも手洗いを行うのは、手袋の着脱操作により手袋や手が汚染される可能性があるからです。

表2 標準予防策と接触予防策における手洗い

予防策の種類 手袋などの着用 手洗い
標準予防策 手袋の着用
・血液、体液、分泌物、排泄物、創傷、粘膜などに接触する場合
・侵襲的処置を行う場合
 
血液などで汚染されるおそれのある場合にはガウンやマスクを着用する
・易感染患者に接触する前
・血液、体液、分泌物、排泄物、創傷、粘膜などに接触した後
・患者に直接接触した後
・侵襲的処置を行う前
接触予防策
(標準予防策に追加して行う)
手袋の着用
・患者に直接接触する場合
・汚染の疑われる周囲に接触する場合

患者と濃密に接触する場合などにはガウンを着用する

汚染の疑われる周囲に接触した後

標準予防策は血中ウイルス対策として導入されたユニバーサルプリコーション(普遍的予防策)の発展として提唱されるに至った経緯から、主に血液中に含まれる可能性のあるB型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus:HBV)、C型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus:HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV)に対する予防策として論じられますが、上述のガイドラインが標準予防策として患者に接触した場合に手洗いを行うと規定していることに注目が必要です。このような定義であることを前提とすることにより、MRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)など多剤耐性菌に対する予防策の大部分は標準予防策により構成されると述べることができると思われます。すべての患者について皮膚接触後に手洗いを行うことはかなり頻繁に手洗いを行うこととなりますが、患者が多剤耐性菌の無症候保菌者であるかどうかは、保菌検査をしてはじめて判明することを考慮すると、皮膚への接触についてユニバーサル(普遍的)な予防策を行うことの意義は大きいと思われます。ただし、老人施設においても標準予防策に準じた対策が必要であるという文脈においては、排泄や入浴の介助などを行った場合には手洗いが重要であるという意味であり、軽微な接触による介助や握手など社交的な接触を行った場合にも常に、ただちに手を洗わなければならないという意味ではないと考えられます。

接触予防策においては患者周囲の汚染の疑われる範囲に接触した場合に手洗い(表2)を行いますが、患者の周囲とは寝間着、寝具、ベッド柵、ベッドテーブル、床頭台、点滴支柱、松葉杖、車椅子、ドアノブ、水道の栓、洗面台など患者の皮膚や手指が常時または頻繁に接触する範囲を指します。上述のガイドライン3)は患者の病室に入る時に手袋を着用し、退室する前に手袋を取って手洗いを行うと勧告していますが、問診のみを行う場合など潜在的に汚染された範囲に手を触れない場合には入室時に手袋を着用する必要はないと思われます。

厳密に考察すると、手袋の着用や手洗いの必要な場面の詳細については未だ明確な根拠がなくガイドラインや文献によって勧告や提言のニュアンスが異なる場合があります。たとえば、標準予防策において看護事務のあと、血圧測定などの非侵襲的な処置を行う場合などに処置前の手洗いを行うべきか、接触予防策において患者周辺のどのような範囲に接触するとき必ず手袋を着用しなければならないのかなどについては、易感染患者の存在、病院感染の発生状況、感染症例の排菌状況などにより判断が異なると思われます。すべての患者のあらゆる処置の前に手洗いを行うと規定する5、15)ことはマニュアル作成上明快ですが、それを実施することはかなりの労力を必要とします。また、その重要性は処置後の手洗いがどれだけ励行されているかによっても異なると思われます。したがって、病院毎に院内の状況に応じた手洗いマニュアルを定める必要があります。それと同時に重要なことは定められたマニュアルを全員で励行することであり、手洗いのコンプライアンス(遵守状況)が良好であるか常時監視することが必要です。また病院感染の接触伝播に関する院内教育を行い、個々の医療従事者が手洗いの必要な場面に関して正しい基礎知識を持つようにすることも肝要です。

手洗いの基本は流水と石けんによる手洗いであるといわれてきましたが、手洗いの種類と方法は表3に示したとおりです。消毒薬を用いる場合には生体消毒薬である消毒薬配合スクラブ(4%クロルヘキシジンスクラブ、7.5%ポビドンヨードスクラブなど)または速乾性手指消毒薬を用います。病棟におけるどのような衛生的手洗いの場合に生体消毒薬を用いて行うべきかについて厳密な感染率評価による臨床研究を行うことは困難であり、抗菌成分を含まない石けんと比較して消毒薬配合スクラブを使用するほうが優れていることを決定的に示す研究成果は未だありません。ただしICU(集中治療室)やNICU(新生児集中治療室)などにおいては、消毒薬配合スクラブを使用した期間において低い感染率が観察された例もあります12、13)。また、CDCの隔離予防策ガイドライン3)は、接触予防策においては生体消毒薬を用いて手洗いを行うとしています。同じくCDCの新しい手指衛生ガイドラインは、標準予防策においても多くの場合に生体消毒薬を用いて手洗いを行う方式を勧告しています15)

表3 手洗いの種類と方法

種類 方法
社会的手洗い 日常生活において行う手洗い
 
 
 
衛生的手洗い
(病院感染予防のための手洗い)
 
  
 


 
手術時手洗い
(術中感染予防のための手洗い)
  
流水による手洗い 抗菌成分を含まない石けん
(薬用石けんを用いることもある)
生体消毒薬を用いない手洗い
消毒薬配合スクラブ 生体消毒薬を用いた手洗い
擦り込みによる手洗い 速乾性手指消毒薬
消毒薬配合スクラブを用いた厳密な手洗い(仕上げとして速乾性手指消毒薬を用いる)

近年は手洗いのコンプライアンス、つまり手洗いの必要な場合に十分な手洗いが行われているかを観察し、それを向上するための方策を客観的に研究する試みが進んでいます。そのような観点から流水設備の不備などによる手洗いコンプライアンスの不足や、十分には効果があるとは思われない流水による数秒間の手洗いなどの問題が指摘されています。コンプライアンスの向上と微生物の確実な減少を同時に確保するため、速乾性手指消毒薬を採用したところ感染率が低下したとする報告があります14)。前述の手指衛生ガイドラインは目に見える汚れのない場合には、主に速乾性手指消毒薬を擦り込むことにより手洗いを行う方式を勧告しています15)

日本においては流水設備の不足が長年問題となっており、欠陥の多い伝統的なベースン法を廃止する観点から速乾性手指消毒薬がおそらく米国よりも早く普及しました。1996年からは主にMRSA対策として速乾性手指消毒薬の使用が診療報酬上の規則によっても推進されました。2002年には流水による手洗いも総合的な感染対策の一環として診療報酬上の規則でも明示的に位置付けられ推進されるようになりました16)。普及の順序は異なりましたが、現在の日米における基本的な考え方に大きな違いはないと思われます。

一般に消毒薬は有機物の存在によって効力が減少しますが、手洗いの場合も同様ですので、目に見える汚れのある場合には十分に流水による手洗いを行う必要があります。また手指が高度に汚染された場合には、生体消毒薬を用いて手洗いを行い高い減菌率を達成することが望ましいと思われます17)。しかし手洗いに用いることのできる生体消毒薬で芽胞全般に有効なものは存在せず、また抗酸菌、真菌、ウイルスの一部はアルコールなどに数分間以上接触させなければ死滅・不活性化できない場合もあります。これら特定の微生物の除去を目的として手洗いを行う場合には、十分に流水による手洗いを行い物理的に微生物を除去することが肝要です。流水と抗菌成分を含まない石けんによる手洗いでも、十分に正しく行えば通過菌の99%以上を除去することができるといわれています18)。なお、いわゆる薬用石けん(多くの場合は医薬部外品)に含まれる抗菌成分の作用は製剤により弱いことがあるので、必ずしもここでいう消毒薬配合スクラブには相当しません。

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