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病院感染対策のポイント

第3章 診療科別の予防策

No. 12 清潔区域における予防策 -移植病棟・手術室の環境清掃-

造血幹細胞移植病棟や手術室ではどのような環境の消毒が必要でしょうか?

造血幹細胞移植病棟においては、移植後早期の患者など極めて易感染状態にある症例が存在するので、一般病棟よりも厳密な予防策を行います。特に空気伝播する糸状菌であるアスペルギルスによる感染が問題となり、HEPAフィルターやラミナーエアフローによる空調管理が勧告されています。また従来は無菌室に準じた極めて厳重な環境の消毒が行われてきましたが、造血幹細胞移植病棟において主な感染源は患者自身や医療従事者であるため、近年は根拠がなく無意味と思われる環境の高度な消毒を取りやめるという方向でガイドラインが作成されています1、9)

手術室においては、患者の体腔・組織を切開する極めて侵襲的な処置を行うため、手術器械・医療材料などの滅菌、手術時手洗いと滅菌手袋の着用、マスクやガウンなどの着用、厳密な無菌的操作、HEPAフィルターやラミナーエアフローによる空調管理などを行います。ただし床などの環境表面については手術部位感染の感染源としてほとんど関与しないため、近年は紫外線照射や手術間の床消毒を取りやめる方向でガイドラインが作成されています10、11)。ここでは、主に環境清掃における消毒の位置付けについて述べますので、移植病棟や手術室における予防策の全般についてはそれぞれのガイドラインを参照ください。

造血幹細胞移植病棟における環境の清掃について、CDCのガイドライン9)は1日1回環境の水平表面を環境消毒薬入り洗浄剤注1)で清掃することを勧告しています。しかし、ここでいう環境消毒薬入り洗浄剤とはもっぱら低水準消毒を兼ねることのできる洗浄剤のことを指しており、洗浄剤を用いて清掃をする際には念のため低水準消毒薬入りのものを選択するという実務的選択が勧告されているに過ぎないと思われます。床など通常間接接触にも関与しない環境表面については造血幹細胞移植病棟においても特定の場合を除いては注2)消毒薬の適用によって感染率が低下すると示唆するデータは示されておらず、また通常は高水準消毒薬など毒性のある消毒薬の使用を避けるべきと考えられます。日本のガイドライン1)は移植関連区域においても「原則的には一般病棟と同様に、環境表面の消毒や滅菌は不要である」としています。

また手術室においてCDCのガイドライン10、11)は、手術と手術との間で壁や床などの環境表面を消毒することを支持するデータはないと述べ、毎日の最後の手術終了後環境消毒薬入り洗浄剤を用いて手術室床面のウェット・バキューム(湿性吸引)清掃を行うことのみを勧告し、目に見える汚染がない場合にも手術と手術との間で環境を消毒することについては勧告を定めないとしています。血液などで汚染された部分は手術間において、一般病棟におけるのと同様念入りに清拭し、仕上げとして次亜塩素酸ナトリウム(ごく小範囲にのみ適用)またはアルコールを用います。

このように造血幹細胞移植病棟や手術室などの清潔区域においても、床など感染伝播にほとんど関与しない環境表面の厳重な消毒を行う意義は通常認められず、消毒薬を使用する場合でも補完的な意義しか期待されません。しかしながら、清潔区域において行う日常的で頻繁な清掃や手術間毎に行う清掃は、物理的に環境の汚染を除去し感染伝播のリスクを軽減するという意味で湿式清掃により念入りに行う必要があります。また一般病棟においても日常的な環境清掃が十分に行われることが必要であり、特に頻繁に接触する環境表面を経由して伝播すると思われる病院感染起因菌が問題となる場合において重要と思われます。すべての病棟で適切な清掃が行われるよう病院毎にマニュアルを整え実施することが必要です。

注1:
ここでいう「環境消毒薬入り洗浄剤」とは、日本において塩化ベンザルコニウム液、塩化ベンゼトニウム液(第四級アンモニウム塩)、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン液(両性界面活性剤)などの消毒薬に相当します。

注2:
CDCのガイドライン9)は、造血幹細胞移植病棟におけるクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)の集団感染時において消毒薬の環境適用により感染率の減少が観察された事例86、87)を参照して、芽胞形成菌であるクロストリジウム・ディフィシルの集団感染が発生した場合には次亜塩素酸ナトリウムなどを環境に適用するとしていますが、この点についてはさまざまな議論が存在します88)。一般に環境において芽胞の除去が必要な場合には徹底的な洗浄・清拭を行うことがほぼ唯一の選択肢であり、特別な場合(たとえば炭疽菌によるバイオテロリズムが疑われる場合)にのみ5,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液を適用します。低~中水準消毒薬は芽胞に対して無効ですが、芽胞の減少が期待できる高濃度の次亜塩素酸ナトリウム液にはかなり強い腐食作用、刺激性、漂白作用があり、通常は広範な環境表面に適用することを避けるようにします。また、次亜塩素酸ナトリウムが誤って酸とともに使用された場合などには有害な塩素ガスが発生する可能性のあることにも十分な注意が必要です。日本においてクロストリジウム・ディフィシルは欧米ほど病院感染起因菌として問題化していませんが、その芽胞に対してアルコールなどは無効であり、集団感染時には流水による手洗いを頻繁に実施することが重要であると考えられます。手洗いや物理的な環境の清掃が十分に実行されていない状況においては、環境消毒がある程度の役割を果たす場合も想定されますが、それは例外的なことであり一般的な予防策とはいえません。

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