Y's Square:病院感染、院内感染対策学術情報 > 感染対策学術情報 > 感染対策情報レター(Y’s Letter) > 2010 > 蒸気化過酸化水素による環境消毒について
Y's Letter
感染対策情報レター
2010/12/28

蒸気化過酸化水素による環境消毒について


Download
(130kb)

Y’s Letter Vol.3 No.15
Published online 2010.12.28

はじめに

過酸化水素はオキシドールの名称で古くから消毒薬として使用されていますが、欧米では、6%以上の安定化過酸化水素が眼圧計、ベンチレーター、軟性内視鏡など医療器具の高水準消毒に利用されています。また過酸化水素はガスプラズマ滅菌としても利用されていますが、近年、蒸気化した過酸化水素によって医療施設内の環境消毒を行った事例がいくつか報告されています。今回は蒸気化過酸化水素による環境消毒の有用性について述べます。

蒸気化過酸化水素の有用性

蒸気化過酸化水素は広範囲な殺菌スペクトルを有し、グラム陽性菌、グラム陰性菌、ウイルス、結核菌、芽胞に対して効果があることが実験的に証明されています1)2)3)4)5)
また2001年の米国におけるバイオテロの際には政府建造物の環境消毒にホルムアルデヒド、二酸化塩素、過酸化水素蒸気が炭疽菌除去に用いられました。これら消毒薬の蒸気による環境消毒は有効ですが、ホルムアルデヒドおよび二酸化塩素は最終産物の毒性が問題となるため特別な除去技術が必要になります。一方、過酸化水素は最終的に水と酸素に分解するため有毒な副産物は残りません6)。その意味でも蒸気化過酸化水素による環境消毒は有用性があるといえます。

医療施設における環境整備について

通常、医療施設の環境整備は特別な消毒が必要とされず日常的に汚れを取ることが推奨されています。しかしながら、MRSAやVREなど長期間環境表面に生存し環境を経由した間接的な接触によって伝播する微生物が問題となる場合には、頻繁に接触する表面に対し注意が必要になります7)。日本における勧告ではMRSAやVREを排菌している患者の病室では頻繁に接触する環境表面を低水準消毒薬もしくはアルコールを用いて1日1回以上清掃することを勧告しています8)9)。ただし、MRSAやVRE、Clostridium difficileC.difficile)は通常の環境整備では完全に排除できないことが指摘されています10)11)12)13)14)。より確実な環境整備のために蒸気化過酸化水素による環境消毒を行った事例があります。
以下その事例について紹介します。

感染対策における蒸気化過酸化水素の使用事例

(1)MRSAの感染対策

MRSAによる環境汚染対策として蒸気化過酸化水素を使用した事例があります13)。この事例はまず患者環境と手術室におけるMRSAの環境サンプリングを実施した結果、清掃前の陽性率が35.7%(10/28)であったのに対して、清掃後に0.1%次亜塩素酸ナトリウムによる環境消毒を行った場合には陽性率が減少しましたが13.3%(2/15)の陽性例がありました。その後、蒸気化過酸化水素による清浄化を実施した結果、実施前の陽性率は16.0%(8/50)であったのに対して、実施後は0%(0/50)になったと報告されています。
また、他の報告15)ではMRSA陽性患者が多い診療科のイス14脚を閉めきった部屋に1ヶ月放置した後、その内の4脚がMRSA陽性でありましたが、蒸気化過酸化水素による消毒後に陰性化できたとされています。ただしこの報告の別の試験では、MRSA陽性の家族がいる家の環境における蒸気化過酸化水素の有用性を検討した結果、消毒後においてもMRSAが残存したことから、MRSAの高度保菌者の家では無効であると述べられています。なお、蒸気化過酸化水素で病室を消毒後であってもMRSA保菌患者が入室すると24時間~1週間以内に再汚染が生じる報告もあります16)17)

(2)セラチアの感染対策

セラチアの保菌患者の検出が続く施設において対策の一環として蒸気化過酸化水素による環境消毒を実施し、保菌例がなくなった事例が報告されています18)。NICUでセラチアの伝播が続いている医療施設において、手洗いの強化や部屋および器具の完全な清浄化など厳重な対策をすることで3つの部屋のうち2つの部屋で保菌例が陰性化しました。しかし、1つの部屋において保育器の外側2つの部位からセラチアが検出されました。そのため蒸気化過酸化水素で環境消毒することで陰性化でき、さらには患者の保菌例がなくなったと報告されています。

(3)多剤耐性アシネトバクター・バウマニ(MDR-AB)の感染対策

この報告19)では長期急性期ケア病院において13例のMDR-AB感染患者または保菌患者が発生し、患者の病室および創傷ケア用カートの環境サンプリングを実施した結果、同菌が93例中8例検出されました。その後、蒸気化過酸化水素で消毒後、消毒直後および24時間後、1週間後においてMDR-ABが陰性化したと報告されています。結論としては蒸気化過酸化水素による環境清浄化に加えて包括的な感染制御策を講じることで病院内のMDR-ABの伝播を阻止できたと述べられています。

(4)Clostridium difficileの感染対策

C. difficileは芽胞形成菌であり、消毒薬に抵抗性を示します。通常清掃では完全に芽胞を排除できず、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒が効果的とされています14)。しかしながら次亜塩素酸ナトリウムを用いても完全にC. difficileが排除できず、蒸気化過酸化水素による消毒がより有用であった報告があります20)。 また他の報告でも、蒸気化過酸化水素による消毒は消毒前と比較してC. difficileによる環境汚染を有意に減少し、結論としてこの方法は手作業で行う他の消毒方法と比べて、最終的に行う消毒として、より確実な方法であろうと述べられています21)
さらには蒸気化過酸化水素による環境消毒によってC. difficileの感染率が低下した事例もあります22)C. difficile感染患者が多い5つの病棟において感染患者が退院後、次亜塩素酸ナトリウムで環境消毒した期間と蒸気化過酸化水素で消毒した期間のC. difficile関連下痢症例数を比較した結果、次亜塩素酸ナトリウムを使用した期間の症例数は1000入院患者日数あたり2.28であったのに対して蒸気化過酸化水素を使用した期間では1.28であり有意に感染率が低下(p=0.047)したと報告されています。

おわりに

病院感染対策における環境整備は日常の清掃および頻繁に接触する部位の環境整備の強化が基本となります。しかしながら環境の清掃は通常手作業で行うため、清掃をし損なう箇所ができることも考えられます。そのため、より確実な環境整備の方法として海外においては蒸気化過酸化水素による消毒が行われている事例もあります。一方、国内において蒸気化過酸化水素は医薬品製造環境や動物実験施設の環境消毒に用いられていますが、現在のところ国内では病院感染対策として使用した報告例がありません。しかしながら蒸気化過酸化水素による消毒は今後注目すべき環境整備の方法の1つと思われ、さらなる研究が期待されます。

<参考文献>

  1. Otter JA, French GL:
    Survival of Nosocomial Bacteria and Spores on Surfaces and Inactivation by Hydrogen Peroxide Vapor.
    J Clin Microbiol 2009;47:205-207.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2620839/pdf/2004-08.pdf
  2. Heckert RA, Best M, Jordan LT, et al:
    Efficacy of vaporized hydrogen peroxide against exotic animal viruses.
    Appl Environ Microbiol 1997;63:3916-3918.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC168702/pdf/633916.pdf
  3. Johnston MD, Lawson S, Otter JA.:
    Evaluation of hydrogen peroxide vapour as a method for the decontamination of surfaces contaminated with Clostridium botulinum spores. J Microbiol Methods.
    2005;60:403-411.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15649542
  4. Hall L, Otter JA, Chewins J, et al:
    Use of hydrogen peroxide vapor for deactivation of Mycobacterium tuberculosis in a biological safety cabinet and a room.
    J Clin Microbiol 2007;45:810-815.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1829131/pdf/1797-06.pdf
  5. Kahnert A, Seiler P, Stein M, et al:
    Decontamination with vaporized hydrogen peroxide is effective against Mycobacterium tuberculosis.
    Lett Appl Microbiol 2005;40:448-452.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15892741
  6. Boyce JM.:
    New approaches to decontamination of rooms after patients are discharged.
    Infect Control Hosp Epidemiol 2009;30:515-517.
    http://www.journals.uchicago.edu/doi/pdf/10.1086/598999
  7. Boyce JM, Opal SM, Chow JW, et al:
    Outbreak of Multidrug-Resistant Enterococcus faecium with Transferable van B Class Vancomycin Resistance.
    J Clin Microbiol 1994;32:1148-1153.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC263627/pdf/jcm00005-0028.pdf
  8. 一山智:患者環境の清潔管理(リネン類を含む).
    小林寛伊,吉倉廣,荒川宜親編集.
    エビデンスに基づいた感染制御(改訂2版)‐第1集‐基礎編.
    メヂカルフレンド社,東京,2003;71-80.
  9. 大久保憲:
    隔離対策の選択と実際.小林寛伊,吉倉廣,荒川宜親編集.
    エビデンスに基づいた感染制御(改訂2版)‐第1集‐基礎編.メヂカルフレンド社,東京,2003;81-90.
  10. Boyce JM, Potter-Bynoe G, Chenevert C, et al:
    Environmental contamination due to methicillin-resistant Staphylococcus aureus: possible infection control implications.
    Infect Control Hosp Epidemiol 1997;18:622-627.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9309433
  11. Blythe D, Keenlyside D, Dawson SJ et al:
    Environmental contamination due to methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA).
    J Hosp Infect 1998;38:67-69.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9513070
  12. French GL, Otter JA, Shannon KP, et al:
    Tackling contamination of the hospital environment by methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA): a comparison between conventional terminal cleaning and hydrogen peroxide vapour decontamination.
    J Hosp Infect 2004;57:31-37.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15142713
  13. Jeanes A, Rao G, Osman M, et al:
    Eradication of persistent environmental MRSA.
    J Hosp Infect 2005;61:85-86.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16054946
  14. Eckstein BC, Adams DA, Eckstein EC, et al:
    Reduction of Clostridium Difficile and vancomycin-resistant Enterococcus contamination of environmental surfaces after an intervention to improve cleaning methods.
    BMC Infect Dis 2007;7:61.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1906786/pdf/1471-2334-7-61.pdf
  15. Bartels MD, Kristoffersen K, Slotsbjerg T, et al:
    Environmental meticillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA) disinfection using dry-mist-generated hydrogen peroxide.
    J Hosp Infect 2008;70:35-41.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18621434
  16. Otter JA, Cummins M, Ahmad F, et al:
    Assessing the biological efficacy and rate of recontamination following hydrogen peroxide vapour decontamination.
    J Hosp Infect. 2007;67:182-188.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17884250
  17. Hardy KJ, Gossain S, Henderson N, et al:
    Rapid recontamination with MRSA of the environment of an intensive care unit after decontamination with hydrogen peroxide vapour.
    J Hosp Infect. 2007;66:360-368.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17655975
  18. Bates CJ, Pearse R.:Use of hydrogen peroxide vapour for environmental control during a Serratia outbreak in a neonatal intensive care unit.J Hosp Infect 2005;61:364-366.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16099537
  19. Ray A, Perez F, Beltramini AM, et al:
    Use of vaporized hydrogen peroxide decontamination during an outbreak of multidrug-resistant Acinetobacter baumannii infection at a long-term acute care hospital.
    Infect Control Hosp Epidemiol 2010;31:1236-1241.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20973723
  20. Barbut F, Menuet D, Verachten M, et al:
    Comparison of the efficacy of a hydrogen peroxide dry-mist disinfection system and sodium hypochlorite solution for eradication of Clostridium difficile spores.
    Infect Control Hosp Epidemiol 2009;30:507-514.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19379098
  21. Shapey S, Machin K, Levi K, et al:
    Activity of a dry mist hydrogen peroxide system against environmental Clostridium difficile contamination in elderly care wards.
    J Hosp Infect 2008;70:136-141.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18694613
  22. Boyce JM, Havill NL, Otter JA, et al:
    Impact of hydrogen peroxide vapor room decontamination on Clostridium difficile environmental contamination and transmission in a healthcare setting.
    Infect Control Hosp Epidemiol 2008;29:723-729.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18636950
2010.12.28 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

関連サイト