7 プリオン192)
プリオン病(prion disease)または伝播性海綿状脳症(transmissible spongiform encephalopathy: TSE)は、ヒトや動物の脳など中枢神経において致死性で亜急性の海綿状変性をもたらす。
ヒトにおけるプリオン病には、弧発性のクロイツフェルト・ヤコブ病(sporadiccreutzfeldt-jakob disease: sCJD)、医原性CJD、新変異型CJD(variant CJD、またはnew variant CJD)、遺伝性の家族性CJDなどがある。このうち医原性CJDとして、不活性化処理の不十分な乾燥脳硬膜や角膜の移植、下垂体より抽出した成長ホルモンの投与、脳組織に接触する器具などを介する伝播が報告され、医療関連感染上の問題となった。動物におけるプリオン病にはヒツジにおけるスクレイピー、ウシにおけるウシ海綿状脳症(狂牛病、bovine spongiformencephalopathy: BSE)などがある。
ヒトや動物は神経細胞にプリオン蛋白(prion protein)、つまり正常型PrPを有するが、プリオン病においては、正常型と立体構造が異なる異常型PrPが見られる。外来性感染因子としての異常型PrP、遺伝性の異常型PrP、その他未解明の要因が関与して、正常型PrPが異常型PrPに変化し、異常型PrPが増加して病変をもたらすと推測されている。
弧発性CJDやスクレイピーは古くから観察されていたが、1985年以降の英国でウシにBSEが発生し1992年まで急増した。その後1994年以降の英国においてヒトの若年層に新変異型CJDが出現し、BSEのウシを摂取したことによりウシからヒトへ伝播した可能性が大きな社会問題となった193)。現在、日本を含む世界各国においてBSE発生の原因と思われる反芻動物由来飼料の反芻動物への使用などが厳しく制限され、また日本では食肉牛について屠殺時のBSE検査が行われている。
プリオンの感染性や伝播経路については、いまだ不明な部分が多く存在するが、BSEの流行国に生活した人々の献血は日本において不適とされており、また医薬品・化粧品などにおいてはウシなどに由来する原料の使用に厳しい制限が課されている。
CJDは移植や脳手術などによってしかヒトからヒトへ伝播しないため、CJD症例には標準予防策を行う。ただし、CJD症例に用いた後、ホルマリンと70%アルコールで消毒した深部脳波電極によるCJDの伝播なども報告されており194、195)、またプリオンの感染性は酸化エチレンガス、グルタラールなどによる処理でも不活性化できないと報告されているため196)、CJD症例であるかその疑いのあるハイリスク者の脳、脊髄、眼組織などには特別な注意を払い、それらの付着したクリティカル器具・セミクリティカル器具には特別な処理方法を用いる。
最近、日本においては表51の処理法が示され197)、WHOによる勧告は表52の処理法を示している198)。なお、疫学的な観点から考察して判断された実際的な処理法とその対象範囲として表53も提唱されている195)。ノンクリティカル表面を介した接触伝播は特に報告されていない。手洗いは流水と石けんにより念入りに行う。
表51 CJDか否か不明の患者のハイリスク手技に用いられた手術器機等に対する処理方法
| 適切な洗剤による十分な洗浄+3%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)煮沸処理3~5分間 |
| アルカリ洗剤ウォッシャーディスインフェクタ洗浄(90~93℃)+真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、8~10分間 |
| 適切な洗剤による十分な洗浄+真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、18分間 |
| アルカリ洗剤洗浄+過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌2サイクル |
(注)SDSによる処理法は、臨床においては一般的な方法ではない。
表52 WHOの伝播性海綿状脳症に関する汚染除去法
| 1. | 焼却 (1)全ての使い捨て器具、用具、廃棄物 (2)高感染性の組織に曝露された器具 |
| 2. | 高圧蒸気滅菌、化学的除去法(耐熱性器具等) (1)1N水酸化ナトリウム液に浸したまま、重力加圧脱気式高圧蒸気滅菌121℃、30分間。その後、洗浄し通常の滅菌 (2)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後、水浴に移し、重力加圧脱気式高圧蒸気滅菌121℃、1時間。その後、洗浄し通常の滅菌 (3)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後水洗し、重力加圧脱気式高圧蒸気滅菌121℃、1時間か真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、1時間。その後、洗浄し通常の滅菌 (4)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に浸漬し10分間煮沸後水洗し、通常の滅菌 (5)20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液あるいは1N水酸化ナトリウム液に室温で1時間浸漬後水洗し、通常の滅菌 (6)真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、18分間(表面で乾燥した脳組織などに関する効果は完全ではない) |
| 3. | 化学的汚染除去(熱不耐性の器具・表面) (1)2N水酸化ナトリウム液あるいは52,500ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬する。その後ふき取るか水洗する (2)表面が水酸化ナトリウムや次亜塩素酸ナトリウムに耐えられない場合、徹底的な洗浄の希釈効果によりほぼ完全に除去が期待できる。また、完全な効果を示さない消毒法(グルタラールなど)を用いることで付加的汚染除去効果は得られる |
| 4. | 乾燥した物品 (1)1N水酸化ナトリウム液や次亜塩素酸ナトリウムに耐えられる小型物品の場合、1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬し、その後真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌121℃以上、1時間 (2)大型の乾燥した物品や1N水酸化ナトリウム液や次亜塩素酸ナトリウムに耐えられない物品の場合、真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、1時間 |
表53 クロイツフェルト・ヤコブ病 プリオンに関するクリティカル、セミクリティカル器具の処置方法
| 1. | ハイリスク患者の高感染性組織(脳、脊髄、眼)のクリティカル、セミクリティカル器具 (1)容易に洗浄できるもの 洗浄後、重力加圧脱気式高圧蒸気滅菌121℃~132℃、1時間あるいは真空脱気プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、18分間以上 (2)洗浄困難または不可能なもの 原則として廃棄 物質が付着している部分を水または生理食塩水に浸漬し、上記の方法で重力加圧脱気式高圧蒸気滅菌。または1N水酸化ナトリウム液に1時間浸漬。その後、決められた方法で洗浄、梱包し、滅菌 |
| 2. | ハイリスク患者の低感染性組織(脳脊髄液、腎臓、肝臓、脾、肺、リンパ節)のクリティカル、セミクリティカル器具 (1)洗浄後、通常の熱や化学的方法による滅菌あるいは高水準消毒 (2)環境表面の清浄化は標準的な消毒法 |
| 3. | ハイリスク患者の非感染性組織のクリティカル、セミクリティカル器具 低感染性組織と同様の方法。内視鏡(脳神経外科の内視鏡を除く)は非感染性の物質との接触のみであるので標準的な洗浄と高水準消毒で十分である |









