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臨時付録

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Vol.8 Suppl.6 対談 SARSをめぐる話題
ハノイの経験から感染対策を考える
(2003年5月12日収録)

川名明彦 (国立国際医療センター呼吸器科病棟医長)
小林寛伊 (NTT東日本関東病院名誉院長)


重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome、SARS)が世界的な話題となり、日々いろいろな情報が報道されています。SARSは中国に端を発し、香港経由でベトナムのハノイに感染が広がりましたが、川名先生は早い時期に日本を代表されてその対策指導、ならびに現地調査のためにハノイに行かれました。ハノイはSARSの制圧に成功してアウトブレイクを防止することができたという、世界的にも非常に貴重な例です。そのご経験を中心にお話しいただき、医療関係者の皆さまにご参考にしていただきたいと思います(小林寛伊)。

原因微生物はSARS関連コロナウイルス

(小林先生 以下敬称略)まずSARSの原因微生物、感染性、消毒を含めた対応について、総論的にお話しいただけますか。

(川名先生 以下敬称略) 原因微生物に関しては4月初めにWHO(世界保健機関)がコロナウイルスの新型であることを報告し、現在はSARS関連コロナウイルスと一般的に呼ばれています。その感染性は、初期の段階では全く未知でしたが、当初から医療従事者やご家族といった、患者さんに非常に近い、また密接な関係を持たれた方に感染が多発したことから、感染経路は主に飛沫感染であろうと考えられています。
そのほか最近では便や尿からも高頻度にウイルスが出ることがわかっていますので、糞口感染に関連した手指を介した感染もあると思います。それから空気感染に関しては当初から言われており、いまでも否定はされていません。しかし、可能性としてはあまり高くないという位置づけになっています。
消毒について最も確実な方法はオートクレーブの使用ですが、臨床の現場では、人体に使わないのであれば次亜塩素酸系消毒薬、人体に使うのであれば速乾性手指消毒薬も含めたアルコール製剤が有効と考えています。

(小林)当初、空気感染も考えられるということがパニックの一因になりましたが、飛沫感染が中心であり、一方で糞便汚染があり、またウイルスは日常環境の中でも生残するということから、基本的な接触感染対策が重要だということですね。  消毒に関しては厚生労働省から通達が出ました。コロナウイルスの性質からいって消毒薬に対しては感受性がよく、一般的な消毒方法で感染性を消失できると考えてよろしいでしょうか。

(川名)よろしいと思います。




JICAを通じてベトナムに専門家と支援物資を援助

(小林)先生は、問題の時期のハノイで感染対策をご経験、ご指導され、制圧に成功されました。行かれた時期の状況、経緯等を含めて、どういう点で制圧に成功できたのかについてお話しいただけますか。

(川名)2003年2月頃から中国の広東省や香港、ベトナムで原因不明の異型肺炎の流行が認識されていました。特にハノイの病院で30人近い医療従事者を巻き込んだ感染が起こりました。現地で調査をしていたWHOの職員は、通常の肺炎ではなさそうだということから警告を出しています。それが3月12日にWHOのグローバル・アラートというかたちで世界に出ています。その頃がSARS流行の発端だと思います。
ベトナム政府がグローバル・アラートを受け、日本に緊急援助を要請しました。そしてJICA(国際協力事業団)を通じてベトナムに専門家と支援物資を供与する目的で、私と、国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センターの照屋勝治医師と、JICAの山下望調整官、計3人が国際緊急援助隊専門家チームという形で派遣されました。

フレンチ病院閉鎖後、バックマイ病院へ患者さんを移送

(小林)その内容に関して詳しくお話しいただけますか。

(川名)2月26日、香港から48歳のビジネスマンがベトナムのハノイに来られました。すぐ肺炎を発病してハノイのフレンチ病院に入院しています。それから約1週間経った頃から、フレンチ病院の医療従事者が続々と同様の肺炎に感染し、3月中旬には30人以上の医療従事者が感染しました。フレンチ病院は病院機能が停止し、そのすぐ隣にある、バックマイ病院という大きな病院に感染者を隔離して治療する政策を取り始めていました。そのときにわれわれが行ったのです。
最初にフレンチ病院に患者さんが入院したときには、通常の肺炎として治療が開始されています。それに対してバックマイ病院で患者さんの診察を始めたときはWHOの警報が出た直後でしたから、最初からかなり厳密な感染対策、隔離を開始していました。
バックマイ病院は、約5年前から日本が医療技術支援をしています。2000年には無償資金協力というかたちで新病棟が建ち、日本の専門家が入れ代わり立ち代り指導・助言に行って、日本と非常に密接な関係のある病院です。ベトナム語で書かれた感染対策マニュアルやICD(Infection Control Doctor)といったシステムが以前からあり、病院感染対策に対する意識の高い病院であることが非常に幸運だったと思います。
私たちは感染対策用の器材等を持って行きましたので、非常に意識の高い背景のところに隔離をしたり、あるいは器材が届いたタイミングがぴったり合って、その後の感染対策が非常にうまくいったのではないかと思っています。

(小林)ベトナム、特にハノイではいくつかの病院が非常に先進的な感染対策を取り入れて、ICDやICN(Infection Control Nurse)が感染対策を遂行しているようですね。具体的な隔離の方法等、実状についてご紹介していただけますか。

別棟二フロアに39人の患者さんを隔離して治療

(川名)バックマイ病院は広い敷地の中に、新しい建物から古い建物まで、いくつかの建物が分散して建っています。全て合わせると約1,400床の大きな病院です。ふだんはその中の中心的な建物(日本の資金協力で建てた病院)で診療を行っていますが、今回は別棟の熱帯病研究所付属病棟に患者さんを集めて収容する方法を取っています。敷地内の別棟の病棟に患者さんを分けて入院していただくという隔離です。もちろん陰圧室はなく、二つのフロアにSARSの患者さんを集中して収容していました。

(小林)病棟ごと隔離したようなかたちでの対策ですね。その中で、よくなりつつある症例と重症化していく症例と、症例別の対策はどのように取っていたのでしょうか。

(川名)熱帯病研究所は6階建ての建物ですが、そこの2階、3階がSARS病棟で、重症度によって3段階に分け、病室やフロアを別にして診療をされていました。

接触感染対策と飛沫感染対策を厳守してアウトブレイクを制圧

(小林)医療従事者への感染防止対策としてはどのようなことを採用していましたか。

(川名)日本から持っていった器材を役に立てていただけた部分ですが、使い捨てガウンとゴム手袋、N95マスクとキャップをしてシールド付きのフェイスマスクを使っていただいていました。

(小林)ガウンや手袋は二重にしていたのでしょうか。

(川名)そこではガウンも手袋も一重です。

(小林)ということは、一般的な接触感染対策と飛沫感染対策をしっかりと守っていた。そのことによって感染を防止しえたと考えてよいですか。

(川名)そうだと思います。

(小林)環境に対する消毒も行われていたのでしょうか。

(川名)この時点での環境消毒は、おそらくアルコールで拭く程度だと思います。その後は把握していません。

(小林)当時はトイレに対する処置等も何かされていましたか。

(川名)通常のこと以外は行っていなかったと思います。

(小林)初期でありながら、基本的な感染対策をきちんと守ることによってアウトブレイクを制圧したと考えてよいですね。もちろん先生方のご指導の賜物、また日本からの医療物資が役に立ったということが、大きな理由になっていると思います。




ハノイ、バックマイ病院の看護師の装備
N95マスク、フェイスシールド、キャップ、ガ運、手袋を着用している。(写真提供:JICA)



重症例は感染性が強いのか?

(小林)香港において、重症例から医療従事者に感染が起こって死亡した例がありますが、ハノイでそういった感染例はありますか。また重症例は感染性が強い、つまりウイルスを多量に排出しているために、ケアにあたった医療従事者に感染が広がったのでしょうか。

(川名)ハノイで最初の症例を診療したフレンチ病院では、病院の全医療スタッフの約半分に相当する方が感染しています。年齢も20代前半から50代ぐらいまでに分布していますので、濃厚な接触があれば感染することが証明されると思います。
それから最初の症例となった方は香港にすぐ戻られていますが、間もなく亡くなりました。かなり重症で来られたのだと思います。そういう意味では、症状が重いほうが感染性は強いといえるかもしれません。
感染経路について、マンションで多発したケースは便からの感染と想像されています。ウイルス量が多いものを吸入したのかどうかはわかりませんが、ウイルス量が多いと感染性が非常に強いことも想像されると思います。

感染多発地域から帰国、38℃以上の発熱、呼吸器症状出現を疑わしい症例として対応

(小林)日本にSARSの感染が起こっても不思議ではない状況にあると思います。病院の外来での対応についてお話をうかがいたいと思います。

(川名)感染が多発している地域から帰国されて、38℃以上発熱し、呼吸器症状が出ておられる方には感染の可能性がありますから、そういう方はまず初めに職員に伝えてくださいというポスターを院内のあちこちに貼っています。
それから明らかにご自身がSARSの疑いがあると考えておられる方には、できれば最初に電話をかけていただきたいですね。電話をいただけると、他の患者さんとは別の問診室を用意していますので、待合室で他の患者さんと一緒になることが避けられます。この部屋は陰圧室ではありませんが、他の患者さんと動線を分離する目的で用意してあります。

(小林)感染多発地域からの帰国、38℃以上の発熱、呼吸器症状を持っておられることを確認して疑わしい症例として対応するということですね。もし感染を起こしている症例であると、病院に来るまでの経路や公共の場所を通ってくるときに感染を広げる可能性があると思いますが、電話を受けたときにどう対応しておられるのでしょうか。

(川名)できるだけ公共交通機関を利用せず、自家用車で来ていただくことを電話でお願いしています。それが難しい方には、保健所に連絡して移動方法を指示していただくようにします。保健所では、消防庁からそのような患者さん輸送用の救急車を出してくださると思います。

基本はN95マスク、フェイスマスク、手袋、ガウンで感染を防御

(小林)万一、疑わしい症例が来院されたときには、一般病院等も含めてどのように対応すべきかについてお話しいただけますか。

(川名)まだ日本は市中に拡散している状況ではありませんので、ハイリスクの患者さんがはっきりわかります。それを医師も患者さんの側もしっかり認識した上で診療をスタートしていただきたいですね。
また、陰圧室が理想と言われていますが、陰圧室のない施設もたくさんあると思います。いまの段階では標準予防策に加えて、接触感染と飛沫感染と空気感染を想定した感染防御をするようにと言われています。N95マスク、フェイスマスク、手袋、そしてガウンという装備が必要です。それで患者さんの診療にあたることになると思います。

N95マスクだけでなくサージカルマスクにも感染防止効果がある

(小林)先生の病院のように専門的知識を持った医師がおられて、設備的にも対応をすでに考えておられる病院は各都道府県にいくつかあると思いますが、そういう設備も器材もない開業医等での対応について、何かアドバイスがございますか。

(川名)陰圧室やN95マスクがなくても、サージカルマスクを着けるだけでも、全く無防備な状態に比べて明らかにその感染率に差が出ているという報告もありますので、ぜひサージカルマスクを着けていただきたいと思います。

(小林)最近、香港のSeto教授のケースコントロールスタディで、N95マスクもさることながら、サージカルマスクにも感染に対して有意な効果があったという報告があります(Seto WH, Tsang D, Yung RWH, et al : Lancet 2003 ; 361 : 1519-1520)。ただ、紙のマスクでは有意差がなかったということですので、気をつけなければなりません。

感染対策を患者さん自身に理解・協力していただくための指導が必要

(小林)もし飛沫感染が主であるとすれば、マスクを着けることによって感染を防止することが可能だと思います。結核の空気感染においてもサージカルマスクを着用することでよいとされています。倫理的な問題もあり難しいかと思いますが、疑わしい症例からの周辺に対する感染を考えるときに、マスクを着けていただくという対策はいかがでしょうか。

(川名)くしゃみや咳等の飛沫をまき散らさないようにという意識を患者さんに持っていただくことは非常に重要です。電話をいただいた段階で、ご本人にもご理解、ご協力をいただけるように、ぜひその指導をしていくべきだと思います。また当院の外来受付では、そのような方にはマスクをすぐお渡しして着けていただくようにしています。

病院感染対策に関する日ごろからのトレーニングが重要な鍵

(小林)飛沫感染対策を中心に、便や気道からの排出物を含めてウイルスで汚染されているものに対する接触感染対策が必要になります。そういう意味では基本的な手洗いの重要性がうかがえますが、併せて空気感染の疑いも全面的にはまだ否定できないのが現状ですね。
一方、テレビ等を介してかなり厳しい感染対策が指導されています。新しい感染症の初期ですので厳しい対策を取らざるをえない現状はわかりますが、小さな診療所等で実行できるかというと疑問があります。

(川名)世界中でこれだけ感染が広がっていますが、日本の医師で自分の患者さんとして診療したことがある人間は、私も含めてまだ一人もいないので、どうしても最初は過剰防衛になる傾向は避けられないと思います。しかしある程度診療経験も積まれてくると、整理されたかたちになってくると思います。
バックマイ病院で感染が制圧できた陰には、従来から病院感染対策に関する知識や意識が高かったという背景がありました。器材だけではなく、日頃からの教育や研鑽が不可欠だろうと思っています。

(小林)フェイスマスクや手袋、ガウンを着用すると自分は防御できますが、その汚い手であちこちを触る等による、周辺への交差汚染に対する注意は非常に大事です。手袋をした安心感から逆に汚染につながる危険性がなきにしもあらずだと思いますので、教育は重要ですね。

(川名)自分を守るためだけではなくて、汚染した手袋あるいは手を洗わずに皆が触るもの、現実的にはドアノブやコンピュータのキーボード等に触ってしまうと感染が拡散していく可能性があるので、常に他の人のことも考えた配慮は不可欠だろうと思います。

(小林)自分に対する対策だけではなく、周辺に対する対策を守ることが非常に重要であり、それを破ってしまうと、逆に自分も感染する危険が増えてくる。厳重な対策をする中で、その対策を採用した医療従事者自身が周辺への汚染をしっかりと防止する方法を身につけなければいけないということですね。

(川名)道具ありきではなくて、それをどのように使っていくかは普段から勉強していないとできないことだと思います。

日本でSARS感染が広がらないように準備をしておくことは重要

(小林)さて、SARSという病気の今後について、先生の見通しはいかがでしょうか。

(川名)このままどんどん拡散していき、市中肺炎の一つになっていってしまうのか。あるいはインフルエンザのように一時期の大きなアウトブレイクがあって、何かのきっかけで終息していくのか。いまの段階では全くわからないのが正直なところです。

(小林)それだけに厳しすぎると批判があっても、とにかく感染が広がらないように対応する準備をしておかなければならないのが現状ですね。感染経路や病原性を含めていろいろなことが明らかになれば、それに応じて対策も緩められるでしょうし、何をしたらよいかがわかってくると思います。
ベトナムでの、他の方の経験したことがない大変貴重な体験談を中心に、この病気への対応についてお話しいただきましたが、最後に何か付け加えることがありましたら、一言お願いしたいと思います。

(川名)このペースで感染が拡大すると、いずれ日本に入ってくるだろうと思いますが、入ってくるのを少しでも遅らせる意味は非常にあると考えています。最初に認識されたのは3月初旬ですが、それから約1ヵ月半の間にウイルスが明らかになり、感染経路がほぼ明らかになり、感染対策も確立されつつあるということで、どんどん知見が積み重なってきています。後になればなるほど感染対策上は有利になってきますので、日本に入ってくるのを少しでも遅らせ、より効率のよい対策ができるようになればよいと思っています。

(小林)本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。このお話は医療関係者のいろいろな分野の皆様方にきっとお役に立つものと確信しております。

(以上は、関係者の了解を得て、カーライルの当該記事全文を転載したものです)


Carlisle Vol.8 Suppl.6 Appendix  2003