| バイオテロリズムに対する病院感染対策(前編)
Y's Letter No.13 2003.03.04 |
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はじめに 2001年に米国で炭疽菌によるバイオテロリズムと疑われる事件が発生しました。米国CDCは危険性の高い微生物などを3つのカテゴリーに分類し、その最重要カテゴリーAに炭疽、ボツリヌス症、ペスト、天然痘、野兎病、ウイルス性出血熱を分類しています1)。また、厚生労働省は生物テロに用いられる可能性が高いと考えられている主な感染症として天然痘、炭疽、ペスト、ボツリヌス毒素を挙げています2)。バイオテロリズムに対しては国家的な対策が必要と思われますが、それに呼応して医療機関においても被害者の受け入れ、診断、治療、報告のための備えをしておくことが必要です。また、被害者と共に持ち込まれる微生物が他の患者や医療従事者に伝播することを防ぐための対策、つまり病院感染対策上の備えをしておくことも肝要と思われます3)。以下、炭疽、天然痘、ペスト、ボツリヌス症の概要と病院における伝播予防策、事前的(曝露前)免疫化の可否、行政への報告について述べます。診断、治療、予防的化学療法と事後的(曝露後)免疫化については他書をご参照ください4)5)6)7)8)。 Anthrax(炭疽) 炭疽はBacillus anthracis(炭疽菌)を原因菌とする人畜共通の感染症です。炭疽菌はバチルス属の芽胞を形成するグラム陽性桿菌であり、野生および家畜の哺乳類が保有している場合が多く、通常ヒトは炭疽菌に感染した動物に接触することにより感染します。炭疽は感染部位の違いから皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽の3種類に分類されます。皮膚炭疽は炭疽菌が直接皮膚に接触する経路で伝播し、自然発生する炭疽の95%が皮膚炭疽といわれています。また、腸炭疽は汚染された食物を経口摂取する経路、肺炭疽は炭疽菌芽胞を肺に吸入する経路で伝播し発生します。これらの中で肺炭疽が最も致死率が高く、10日間程度の潜伏期間を経て、熱、喀痰を伴わない咳、筋肉痛、倦怠感などインフルエンザ様の非特異的な前駆症状を呈した後、呼吸困難などの劇症に至ります9)。バイオテロリズムにおいては炭疽菌の芽胞をエアロゾル化しやすい形態に加工し散布して肺炭疽の発生を企図する場合も考えられます。2001年米国においては、いくつもの郵便物に炭疽菌芽胞が混入され、関連して発生した22例の炭疽のうち、11例が肺炭疽 (うち5例死亡)、11例が皮膚炭疽でした10)。 肺炭疽・腸炭疽の場合には、感染症例から他のヒトへ伝播したという報告はありません。皮膚炭疽の場合のみ、接触による伝播が報告されています11)。したがって、炭疽症例には標準予防策を基本とし12)、皮膚炭疽の場合には接触予防策の追加を考慮します。 ただし、バイオテロリズムにより炭疽菌芽胞が散布されたような場合には、被害者の毛髪や衣服などに付着した炭疽菌が再浮遊して吸入される危険性が無いとは言えません。したがって曝露された被害者を受け入れるような緊急時には、まず被害者に石けんを用いた全身シャワー浴をさせます。ただし、次亜塩素酸系消毒薬による入浴は無用でありかつ有害なため行ってはなりません。衣服や所持品などは炭疽菌が拡散しないようプラスティックバッグに入れ厳重に保管します。高度に汚染された環境はなるべく汚染が拡散しないよう注意しながら洗浄し、場合により5,000ppm次亜塩素酸ナトリウムを用います3)13)。これらの介助や作業を行う際には、マスク・手袋・ガウンなどでバリアプロテクションを行います。また、被害者や所持品を受け入れる動線をなるべく他の患者の動線と交差しないようにするための方式を、あらかじめ考案しておくことも重要と思われます。 炭疽菌芽胞を減少させることのできる消毒薬として、0.25〜0.3%過酢酸、有効塩素1,200〜5,000ppmの次亜塩素酸系消毒薬、2%グルタラール、0.1〜10%ポビドンヨードなどが報告されています14)15)16)17)。一般に芽胞は消毒薬抵抗性が極めて強いため、徹底的な洗浄による物理的除去を行うことが肝要です。洗浄できないノンクリティカル表面を消毒する場合には5,000ppm次亜塩素酸ナトリウムを用いますが、腐食作用や刺激性があるため、なるべく範囲を限定します18)。滅菌や焼却処分ができる場合はそれを優先します。
米国では軍人や繰り返し炭疽菌に曝露される危険のある民間人に不活化無細胞炭疽ワクチンの事前的接種が推進されていますが、供給に限りがあり、一般の医療従事者には推奨されていません3)19)。日本ではヒトへのワクチン接種は行われていないとのことです(2001年12月現在)4)。
天然痘ワクチンは天然痘ウイルスへの曝露に対する最も有効な防護対策のひとつであり、皮内用生ワクチンが使用可能ですが、世界で最後に感染者が見られたのは20年以上前であり、近年広範なワクチン接種は行われていません。また、天然痘ワクチンは確実には終生免疫をもたらさず、既接種者でも天然痘に感染する可能性があるとされています。米国では最近、バイオテロリズム対策の一環として、あらかじめ急性疾患病院毎に天然痘を担当する医療チームを定め、それに属する医療従事者に天然痘ワクチンの事前的接種を行うという選択的な接種が勧告されましたが27)、まれに重篤な副反応が発生するため28)29)、事前的免疫化の可否と範囲については様々な議論のあるところです30)。日本においても天然痘ワクチンの国家備蓄が推進されています31)。
腺ペスト用のホルマリン不活化ワクチンが存在しますが、肺ペストに対する効果は証明されていません3)。米国ではペスト菌を接種される危険の高い人(ペスト菌研究者、ペストが動物に流行している地域で野生齧歯類やノミに触れる動物学者など)についてのみワクチン接種が推奨されており、医療従事者へのワクチンの接種は特に推奨されていません3)32)。日本においては一部の海外渡航者向けに接種されています。 | |||||
2003.03.04 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd. | |||||