1.生体
2)医療従事者
(2)衛生的手洗い(hygienic handwashing)34〜41)
1 衛生的手洗いの目的
主に医療において病院感染の予防策として行う手洗いであり、皮膚通過菌のほとんどを除去することを目的とする。必要な場面でこれを行うことにより手指を介した接触感染を防止することが最終的な目的である。
2 衛生的手洗いの方法
正しい手洗い手順を守り十分な時間をかければ、抗菌成分を含まない石けんと流水による手洗いでほとんどの通過菌を除去することが可能であるが、抗菌成分入りの石けん、いわゆる薬用石けんを使用する場合もある。微生物により高度汚染されていると思われる場合などには、速効的な殺菌力のある消毒薬を用いて行う。乾燥にはペーパータオルなどを用い、タオルからの再汚染を受けないようにする。速乾性手指消毒薬によるラビング法は、簡便に確実な除菌を達成できる方法であり、日本において最も普及した手洗い法である。後述の2002年米国CDCガイドライン37、38)や2007年の改訂隔離予防策のガイドライン42、43)も日常的な手洗い法の基本として推奨しているが、目に見えるような汚れがある場合や芽胞形成菌などアルコールに抵抗性を示す微生物に接触した可能性がある場合には、まず石けんと流水による手洗いで汚れを除去しなければならない。緊急時などにおいては、アルコールを含ませた脱脂綿などで手指を清拭するスワブ法を行い、汚れを除去すると同時に消毒を行う場合もある。
基本的な知識として、通過菌は抗菌成分を含まない石けんによる手洗いでほとんど除去できることの理解が必要である40、41)。通過菌の除去の報告としてLowburyらは、事前に70w/w%エタノールで消毒した手指に、S. aureusを付着させ、石けんと流水による洗浄(30秒)、0.5%クロルヘキシジン液での洗浄、ポビドンヨードと流水による洗浄において、減菌率はそれぞれ99.62%、99.86%、99.97%であったと報告している44)。手洗いに関する多くの研究は、通過菌と同時に常在菌もカウントする実験手法を採用し、低い減菌率を報告している。
トリクロサン、トリクロカルバンなどの抗菌成分を含む石けん、いわゆる薬用石けんが、通過菌や常在菌の一部に殺菌力を発揮するのみならず、持続効果を発揮し、また連用による累積効果を持つ場合がある45〜48)。これらの付帯的な効果が病棟における接触感染の防止においてどれほどの成果を上げるかは不明であるが、使い捨てのボトル容器の形で市販されている液体石けんは、固形石けんよりも清潔に使用することが容易であるため、薬用液体石けんを採用する医療機関が増えている。英国の1997年暫定ガイドラインでも使い捨て容器の形で市販されているものを採用するよう推奨している8、9)。
高度の微生物汚染があった場合の消毒薬としては、手術時手洗いに用いる4%クロルヘキシジンスクラブ、7.5%ポビドンヨードスクラブ、0.5%クロルヘキシジンエタノールローションと0.2%クロルヘキシジンエタノールローション、0.2%ベンザルコニウム塩化物エタノールローションなどの速乾性手指消毒薬がある。これらの消毒薬は、通過菌や常在菌の一部に速効的な殺菌力を発揮するのみならず、クロルヘキシジンなどの成分が皮膚常在菌に対して持続効果を発揮することも期待されているが、この持続効果が衛生的手洗いの目的、つまり病棟における接触感染の防止においてどれほどの成果を上げるかは不明である。
脱脂綿などによるスワブ法に用いるアルコール系消毒薬としては消毒用エタノール、70%イソプロパノール、イソプロパノール添加エタノール液などがある。
なお、衛生的手洗いの方法を考慮するときに重要な事項として手荒れの問題がある。手荒れを起こした手指は皮膚表面に無数の小膿瘍を形成し、手指上の細菌数が増加していることがある。また、冷水や消毒薬の適用時に刺激を感じるため、手洗いの励行に支障をきたす場合もある。消毒薬は手荒れを誘発する場合があり、頻繁に使用する消毒薬は、手荒れに配慮した製剤であるかを重視して選択するべきである。そもそも衛生的手洗いは抗菌成分を含まない石けんでも可能なものであり、殺菌力の強さのみを考慮して消毒薬を選択するべきではない。
3 衛生的手洗いが必要な場面
衛生的手洗いのための適切な消毒薬や設備が採用、設置されても、必要な場面で手洗いが行われなければ感染対策がなされたことにはならない。頻繁に手洗いが行われているとしても、例えば処置後の手洗いが励行されているだけで、処置前の手洗いがあまり行われていない場合には、適切な感染対策がなされたことにはならない。米国CDCの2002年手指衛生ガイドライン37、38)では、手洗いは表14に示す場面で行われるべきとしている。またCDCの2007年隔離予防策ガイドライン42、43)では、表15のように勧告している。
表14 CDC「医療現場における手指衛生のためのガイドライン(2002年)」の勧告
非抗菌性石けん (普通の固形石けんなど) |
手指が目に見えて汚れている場合 血液、体液などで汚染されている場合 |
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炭疽菌が疑われる場合など |
速乾性手指消毒薬を日常的に用い手指消毒する |
患者に直接接触する前 |
中心静脈カテーテル挿入時に滅菌手袋を着用する前 |
導尿カテーテル、末梢静脈カテーテルなど外科的処置を要しない侵襲的医療器具を挿入する前 |
患者の健常皮膚に接触した後 |
体液、排泄物、粘膜、非健常皮膚、創処置の後で目に見える汚染のない場合 |
同一患者の汚染部位から清潔部位に移る場合 |
患者の近傍物品に接触した後 |
手袋をはずした後 |
表15 CDC「隔離予防策のためのガイドライン(2007年)」の勧告
標準予防策 |
手指が目に見えて汚れている場合またはタンパク性物質に汚染されているとき、血液・体液によって見た目に汚れているとき |
非抗菌性石けんと流水または抗菌性石けんと流水による手洗い |
芽胞(クロストリジウム・ディフィシルや炭疽菌など)に接触したおそれのある場合 |
手指が目に見えて汚れていない場合、または非抗菌性石けんと流水で目に見える汚れを取り除いた後 |
患者に直接接触する前 |
速乾性手指消毒薬による手指衛生が好まれる代わりに抗菌性石けんと流水で手を洗っても良い |
血液、体液、排泄物、粘膜、健常でない皮膚、創部ドレッシング部位に触れた後 |
患者の健常皮膚に触れた後(脈や血圧の測定や患者の持ち上げなど) |
患者ケア中に汚染部位から清潔部位に手が動く場合 |
患者のすぐ近くにある無性物(医療器具を含む)に触れた後 |
手袋を外した後 |
* 感染経路別予防策下においても基本的な手洗い方法は変わりない。 |
なお易感染患者である造血幹細胞移植患者に関しては、入退室時に消毒薬入りの石けんまたは速乾性手指消毒薬を用いることが勧告されている49、50)。
英国の1997年暫定ガイドライン8、9)では、主に石けんと流水による手洗いが表16のような場合に勧告されていたが、英国の2001年ガイドラインは「患者との直接接触ないしケアの直前に毎回、かつ手が汚染された恐れのある行動や接触を行った後に手を清浄化する」と表現した15)。
表16 英国「病院感染防止−臨床的ガイドライン−(1997年)」の勧告
感染しやすい部位、例えば創傷、熱傷、血管内留置カテーテル挿入部位に接触する前
侵襲的処置、例えば感染に対する自然防御能が破綻される処置を行う前
特に感染しやすい患者、例えば免疫不全患者や新生児に接触する前
食物や薬剤を扱う前
手指が汚染した後、例えば生体物質、汚染したリネンや器具に接触した場合
手袋をはずした後−使用中に穴が発生することは頻繁であり、または、はずすときに
手指が汚染されることもあるので−
隔離患者、または、例えば多剤耐性菌のように臨床上特別な重要性を持つ微生物が定着した患者に接触した後
トイレを使用した後、またはトイレの使用を介護した後
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以上のように手洗いの必要な場面を列記することは比較的煩雑であり、またあまりにも簡素で硬直的なマニュアルは医療現場の実際には不都合な場合もある。おそらく最も大切なことは、すべての医療従事者が交差感染に関する基本的な知識を修得し、前述のような例示の意味を理解した上で、常に接触伝播のリスクを意識して手洗いの必要性を的確に判断し、励行することにあると思われる。
4 手洗いの手技
手洗いは、個々による自由な手順では手の甲や指先などを洗い損ねる場合が多いので、衛生的手洗いにおいては、常に全員が同じレベルでの除菌を行うことができるよう手洗い手順をマニュアル化することが望ましい。手洗い手順を図2、3に示す。
図2 衛生的手洗い手順(速乾性手指消毒薬を用いる場合)

図3 衛生的手洗い手順(流水を用いる場合)

5 衛生的手洗いの実践
以上、衛生的手洗いの目的、方法、場面、手技について基本的な事項を解説したが、さらに最近の考え方について述べる。従来より多くのガイドラインにおいて、衛生的手洗いの基本は石けんと流水による30秒以上の手洗いであることが力説されていたが、多忙な医療現場においてこれを頻繁に実行することには困難を伴う。また手洗いのための流水設備が不足し繰り返し洗えない現状も存在する。近年、手洗いのコンプライアンス、すなわち手洗いの必要な場面でどれだけ有効な手洗いが実行されているかを観察し、どのような方法でその向上を図ることができるかを客観的に検討する研究が進んでおり、このような観点から衛生的手洗いについて以下のような実践的見直しが行われている44)。
流水による手洗いを有効とする研究の多くは30〜60秒間かけた場合の評価に基づくものであるが、現実を観察すると医療従事者の手洗いの平均時間は7〜10秒間程度であり、このような短時間手洗いの効果は疑わしく科学的根拠に乏しいといえる。一方、アルコールは手に付着している細菌を効果的に確実に減少させることができ、特別な設備も不要であり、ベッドサイドにて容易に使用することができる。さらに近年市販されている速乾性手指消毒薬には、手荒れ防止用のエモリエント剤が含まれており、手荒れの問題も改善されている。したがって実践的には、速乾性手指消毒薬の普及を図ることが最善の対策であるといえる。
このような観点から、簡便に使用でき確実に手の付着菌を減少させる速乾性手指消毒薬を用いて衛生的手洗いを実践することが感染対策のスタンダードとなりつつあり、石けんと流水による手洗いは目に見える汚染がある場合やアルコールに抵抗性を示す微生物に汚染された可能性のある場合に限定されつつある。米国CDCの2002年手指衛生ガイドライン37、38)や2007年隔離予防策ガイドライン42、43)は、このような方針のもとに作成されたものである。
ただし、この点については補足が必要と思われる36、38)。目に見える手指の汚れがある場合に高度な微生物汚染を伴うことがあるので、前述のように必要に応じて消毒薬で手指消毒をすることが望ましい。消毒薬の速効性が期待できない微生物を対象とする場合には、流水による手洗いで物理的に除去することが基本であり、消毒薬には補完的な役割が期待されるにすぎない。以上のことから病棟での手指衛生における消毒薬の選択肢をまとめると表17のようになる。
表17 病棟での手指衛生における消毒薬の選択肢
通常の手指衛生 |
・速乾性手指消毒薬の適用を基本とする
(消毒薬配合スクラブ剤と流水による手洗いでも可) |
目に見える汚れのある場合 |
・石けんと流水による手洗いの後、必要に応じて速乾性手指消毒薬を適用 ・消毒薬配合スクラブ剤と流水による手洗い |
消毒薬抵抗性の強い微生物を対象とする場合 |
エンベロープを有しないウイルス:
・石けんと流水による手洗いの後、速乾性手指消毒薬を適用
・ポビドンヨード配合スクラブ剤と流水による手洗い
芽胞:
・石けんと流水による念入りな手洗い |
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