|
III 消毒対象物による消毒薬の選択
1.生体
2)医療従事者
 |
(3)手術時手洗い(surgical handwashing)20,
21,32〜37)
[1] 手術時手洗いの目的
手術など侵襲的な手技の前に行われる手洗いであり、最も衛生水準の高い手洗いである。通過菌をほとんど除去し、かつ、常在菌も可能な限り減少させることを目的としている。平素無害な皮膚常在菌であっても、侵襲的操作などを介して通常無菌の体内組織などに入った場合には、感染を発生させることがあり、特に易感染患者においては、それが重篤な感染症を招く危険性が高い。したがって、手術などの侵襲的操作を行う場合には消毒薬を使って常在菌も可能な限り減少させ、かつ持続効果のある消毒薬を適用することが望ましい。
[2] 手術時手洗いの方法
手術前の手洗いは常在菌の減少までを目的としているため、洗浄成分を含有する消毒薬(4%クロルヘキシジンスクラブまたは7.5%ポビドンヨードスクラブ)とブラシを用いて行うことが伝統的であるが、ブラッシングによる手指皮膚表面の損傷が手荒れなどを招きかえって微生物数を増やし得るという観点から、それらの消毒薬で十分揉み洗いしたあと速乾性手指消毒薬を用いるなどの改良法も採用されるようになった。
CDCの1999年手術部位感染防止ガイドラインの概説は手術時手洗いに用いる消毒薬に関して次のように述べている20,21)。
「理想的には、このスクラブに使用する最適な消毒薬は、広い抗微生物スペクトルを持ち、速効性で、持続効果があるべきである。……アルコールは欧州諸国で手術時手洗いの“定番(gold standard)”だと考えられている。アルコール含有剤は欧州よりも米国で使用頻度が低い。多分それは可燃性と皮膚刺激に対する配慮によるものである。ポビドンヨードとクロルヘキシジンが米国のほとんどの手術チームで現在選択されている。しかしながら、7.5%ポビドンヨードまたは4%クロルヘキシジンをクロルヘキシジンアルコール液(0.5%クロルヘキシジン70%イソプロパノール液)と比べると、クロルヘキシジンアルコール液の方が残留する殺菌活性が大きいことが知られている。すべての状況において理想的な消毒薬はない。殺菌効果以外の面において、繰り返し使った後に手術室のメンバーに受け入れられるものであるかどうかということも大切な要素である。」
ポビドンヨードとクロルヘキシジンとの比較では、一般にクロルヘキシジンの方が持続効果において優れていると判断されるが37)、どの消毒薬が抗菌力の面で優れているかという判断に基づく薬剤の選択は、おそらく決定的な事柄ではなく、むしろ手荒れなどの個体差に応じてこれら2剤の中から個々に選択できるように設置することや、仕上げとしてのクロルヘキシジンアルコール液と組み合わせて用いるようにすることなどの配慮や工夫が重要である。
また、手洗いの時間とブラシの使用について前述の手術部位感染防止ガイドラインの概説は、次のように述べている。
「最近の研究では少なくとも2分間の手洗いで従前の10分間の手洗いと同程度、手の細菌コロニー数を減らす効果があることが示唆されたが、最適なスクラブ時間は判明していない。1日の最初のスクラブは(通常ブラシを用いた)爪の下までの徹底的な洗浄を伴わなければならない。このような洗浄がその後のスクラブにおいても必要であるかどうかは明白でない。」
なお、米国外科学会(ACS)では1985年には最低5分間の手洗いを推奨していたが、1995年には指先部分のみのブラッシングを併用した最低120秒間の手洗いを推奨した37)。
このように近年は、微生物学的な観点から皮膚の損傷を最小限とすることの必要性が重視され、手洗いの時間やブラシの使用は削減される方向にある。しかし、何分間手洗いをする必要があるか、どの程度ブラシを用いる必要があるかなどは、その日の最初の手術時手洗いであるか、どの消毒薬を用いるかなどによっても左右されうる。
さらに最近の研究では、速乾性手指消毒薬を用いた手術時手洗いと従来からの消毒薬含有スクラブを用いた手術時手洗いを比較して、手術部位感染の発生率に差のないことが報告されている49)。
米国CDCの2002年手指衛生ガイドラインは35, 36)、手術時手洗いについて表18のように勧告している。
表18 CDC「医療機関における手指衛生のためのガイドライン(2002年)」における手術時手洗いの勧告
| 指輪、時計、腕輪などをはずし、流水と爪クリーナーで爪の下の汚れをとる。 |
| 滅菌手袋を着用する前に、持続効果のある抗菌性石けんまたは速乾性手指消毒薬で手指消毒を行う。 |
| 抗菌性石けんを用いる場合には、通常2〜6分間、手と前腕をスクラブする。長時間スクラブする必要はない。 |
| 速乾性手指消毒薬を用いる場合には、事前に非抗菌性石けんにより手と前腕を洗い完全に乾燥させる。 |
[3] 手術時手洗いの手技
具体的な方法としては以下のような手洗いが考案されている32)。
・ディスポーザブルブラシを使用した6分間1ブラシ法(表19)
・ディスポーザブルブラシを使用した3分間1ブラシ法(表20)
・指先のみにブラシを使用した3分間法
・ブラシを使用しない3分間揉み洗い法
・速乾性手指消毒薬による擦りこみ法(表21)
表19の6分間1ブラシ法では、比較的柔らかい使い捨てブラシ(1個)が採用されているが、細菌数において再使用ブラシ(2個)による7分間手洗いとの有意差はなかった33)。また、表20の3分間ブラッシング法で、ブラッシングに各手順に倍の時間をかけた6分法を比較して、手洗い後の細菌数に有意差はなかったという報告もある50)。表21に速乾性手指消毒薬法の実例を示す。
表19 手術時手洗い実例(6分間1ブラシ法)33)
| 1 | 服装を整え、爪が短く切ってあるかを確認する。 |
| 2 | 消毒薬をよく泡立てながら上腕1/2まで素洗いする。腕は水平にして手洗いをする。 |
| 3 | 滅菌済みブラシに消毒薬をとり、ブラッシングを行う。手指、前腕の末梢1/2、前腕から上腕1/3と3部分に分けて、末梢から行う。上腕1/3までのブラッシングを両側で4分かける。前腕から上腕1/3までの両腕4部分を2分間かけて洗う。 |
| 4 | 流しなど周囲に触れないように、指先を高くして流水で洗い流す。 |
| 5 | 指先から滅菌した不織布で手を拭く(指先を下げない。最も高い清潔度を要求されるのは、指先である)。 |
| 6 | 速乾性手指消毒薬による擦り込みを行う。これは、常在菌の死滅または増殖の静止のためである。 |
表20 手術時手洗い実例(3分間1ブラシ法)50)
| 1 | 素洗い2分:衛生的手洗いであり、適量の4%クロルヘキシジンスクラブあるいは7.5%ポビドンヨードスクラブにより、指先から上腕1/2まで30秒間洗い、流水で洗い流した後再び同様に1分30秒間の揉み洗いを行う。 |
| 2 | ブラッシング3分:滅菌したディスポーザブルブラシを素手で取り出し、同一の消毒薬を約5mL滴下し、指先から上腕1/3までをブラッシングする。まず左手の爪部を15秒間、続いて指の間を15秒間、手背を15秒間、手掌を15秒間洗い、同様に右手を洗い、左右あわせて合計2分間行う。さらに左右前腕1/2を15秒間、残りの1/2を15秒間の合計1分間ブラッシングする。その後流水にて肘を低く保ちながら洗い流す。 |
| 3 | 手拭き:ディスポーザブル滅菌不織布製手拭きタオルを2枚取り出し、手関節より末梢部分をまとめ拭きした後、左右1枚ずつ使用して肘関節に向けてしごき拭きあげる。 |
表21 手術時手洗い実例(速乾性手指消毒薬法)
| 1 | 非抗菌性石けんによる手洗い:非抗菌性石けんによる手洗いを30秒間行い、さらにもう一度90秒間行う。その際、爪ピックは用いるがブラシは用いない。手洗い後、非滅菌ペーパータオルで拭く。 |
| 2 |
速乾性手指消毒薬の適用:0.2%クロルヘキシジン含有の速乾性手指消毒薬を1〜1.5分間かけて擦りこみ、さらにもう一度1〜1.5分間かけて擦りこむ。指先には特に丁寧に揉みこむ。
|
Okubo T, Kobayashi T, Yamazaki K, et.al:Traditional surgical hand-scrubbing vs hand-rubbing with an aqueous alcohol solution and comparizon of surgical site infection rates clinically.
Programme & Abstracts of 2nd International Congress of the Asia Pacific Society of Infection Control, March, 2004:103.より引用。
この他にも具体的な方法が提案されているが、どれが最善であると判断することはむずかしい。どの方法を採用するかということよりも、どの方法であれマニュアルに沿った手術時手洗いがそれを必要とする全員によって的確になされることの方が重要であろう。
|
|