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III 消毒対象物による消毒薬の選択 2.器具および環境 3)環境32, 45, 46, 51, 54, 55, 67, 72) 感染対策において患者環境は、床・壁・天井など通常医療従事者や患者が直接接触することのない部分と床頭台など医療従事者や患者が頻繁に接触するベッド周辺などの部分とに分けて考える必要がある。 清掃不十分による塵埃の浮遊などがなければ、床などが感染の伝播に関与することはまれであり、血液が飛散するなどして高度の微生物汚染が発生しない限り消毒を行う必要はない。モップなどを用いた湿式清掃が日常的に行き届いていれば十分である。CDCの1985年ガイドラインは38,39)、「壁、床などの表面は通常微生物汚染があるものの、これら環境表面が患者や医療従事者への感染に関わることはまれである。したがってこれら環境表面を消毒したり、滅菌したりする必要はほとんどない。しかし日常的に汚れを取ることは推奨される。」と解説した。その改定版であるCDCの2003年環境感染管理のガイドラインは環境表面全般について54,55)、定期的に清掃すること、ならびに付着した汚物は直ちに清掃することを勧告した上で、汚れの内容が不明な場合や多剤耐性菌による汚染の恐れがある場合にはEPA承認の消毒薬入り洗浄剤(注1)で清掃することを勧告した。 (注1)ここでいう消毒薬入り洗浄剤とはもっぱら低水準消毒を兼ねることのできる洗浄剤のことを指している。日本において市販されているものとしては、洗浄効果のある消毒薬である塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウムなどの第四級アンモニウム塩、塩酸アルキルジアミノエチルグリシンなどの両性界面活性剤がここでいう消毒薬入り洗浄剤に相当する。これらの消毒薬入り洗浄剤を床などの環境用洗浄・殺菌剤として米国EPA(Environmental Protection Agency)が認可している。 また、従来は米国において、隔離予防策をとる必要のあった患者の環境に関しては、退院時に床も含めて消毒を行うことが勧告されていたが76)、その後の1996年隔離予防策ガイドラインは45, 46)、「感染経路別予防策下にある患者の病室、個室やベッドサイドの器具は、感染微生物の存在と環境中の汚染量が特別の清掃を示唆しない限り、標準予防策下の患者で行われるのと同じ方法で清掃される。」と勧告し、隔離予防策下の患者についても通常は特別な環境消毒の必要性はないという立場を示している。CDCの1994年結核伝播予防ガイドライン77)も結核患者の環境表面が感染伝播に関与することはまれであり、特別な消毒は必要ないとしている。 特別な清浄度が必要とされる手術室においても、積極的な床の消毒は勧告されていない。CDCの1999年手術部位感染防止ガイドライン 20,21)には、その日の最後の手術終了後、EPA承認の消毒薬入り洗浄剤を用いて手術室床面のウェット・バキューム(湿性吸引)清掃を行うことのみを勧告し、目に見える汚染がない限り手術と手術との間で壁や床などの環境表面あるいは使用した機器を消毒することは勧告されないとしている。また、手術室の入口などに消毒薬含有マット(ウェットマット)や粘着マットを設置しても、環境微生物の減少効果は少なく、また感染率の低下にも結びつかないと報告されているため、感染対策として手術部あるいは各手術室入口に粘着マットを設置しないと勧告している。 一方、易感染患者として極めて注意の必要な造血幹細胞移植患者の病室においても、手術室と同様、1日1回床を含む環境水平面を消毒薬入り洗浄剤で清掃することが勧告されているに過ぎない47, 48)。 さて、これらCDCの諸ガイドラインにおいて、床も含めた環境表面全般にEPA承認の消毒薬入り洗浄剤を用いると勧告されている場合についてその根拠を調べると、床など頻繁に接触しない環境表面を消毒の対象に含めることによって病院感染が減少するというエビデンスに基づいて勧告されているわけではないことがわかる(注2)。一方、床清掃に消毒薬を使用しても感染率に変化がないことを示した研究は複数存在する78〜80)。したがってこれらのガイドラインは、頻繁に接触しない表面について、洗浄剤を用いて湿式清掃をする際に念のため低水準消毒薬入りのものを選択する場合があるという実務策を勧告しているに過ぎない。低水準消毒薬入り洗浄剤は安価であり、それを使用することにより特に安全性上の問題が生ずるわけでもなく、日頃洗浄剤を用いた湿式清掃がなされている場合には清掃作業を複雑化することにもならないため、そのような限りにおいては現実的な方策のひとつと考えることもできる。ただし、日本における勧告は、様々なエビデンスを考慮した上で、一般病室、MRSA・VRE排菌患者の病室、手術室、造血幹細胞移植患者病室のすべてについて、床など頻繁に接触しない環境表面は1日1回の清掃、湿式清掃ないし洗浄剤を用いた湿式清掃を行うことのみを勧告し、血液などによる汚染が無いかぎり消毒薬を用いる必要はないという原則を示している22, 67, 72)。 (注2)クロストリジウム・ディフィシルによる集団感染時については、環境表面全般に次亜塩素酸ナトリウムを適用した時期に感染率の減少が観察された事例に基づいて、次亜塩素酸ナトリウムを環境に適用することがCDCにより勧告されている47, 48, 54, 55)。ただし、クロストリジウム・ディフィシルの芽胞を消毒するには高濃度の次亜塩素酸ナトリウムが必要であり、金属腐食性などの問題を伴うため、広範囲の環境消毒に使用することはなるべく避けるべきである68)。 とはいえ、MRSAやVREなど長期間環境表面に生存し環境を経由した間接的な接触によっても伝播する微生物が問題となる場合には、頻繁に接触する表面に対する注意が必要である81)。前述の隔離予防策ガイドラインは、これらの病原体が感染または定着した患者が以前入っていた病室に入院してきた新しい患者は、ベッド周辺の器具、物品や環境表面(ベッド柵、床頭台、カート、ドアノブなど)が適切に清掃・消毒されていなければ、感染リスクが上昇することになると指摘している。したがって、MRSAやVREの感染症患者の病室では退院時に十分な清掃が必要であるとともに、医療従事者や患者の手が頻繁に接触する環境表面は最低1日1回清掃すべきである。この点については、洗浄剤を日常的に使用している場合は消毒薬入り洗浄剤を使用すべきであるという国際的コンセンサスも表明されている82)。また日本における勧告も67,72)、MRSAやVREを排菌している患者の病室では頻繁に接触する環境表面を低水準消毒薬ないしアルコールを用いて1日1回以上清掃することを勧告している。CDCの1995年バンコマイシン耐性菌伝播防止ガイドライン83,84)は「VREの伝播に環境が関係ありそうだという報告があるので、VRE陽性患者が増え続けている施設は日常的に実施しているケア、清掃、ベッドサイドの環境表面の消毒などの手順が適切であり、かつ清掃担当者がこれらの清掃手順に従って実施していることを再度確認する」と勧告している。 しかしながら、MRSAやVREなどの感染症患者が入院中に、頻繁に手を触れる環境表面を定期的に消毒することの意義は、あくまで補完的なものに過ぎない。なぜなら定期的に環境消毒を行っても短時間のうちにまた汚染されてしまうからである85)。したがってこのような環境消毒による対策を行っても、例えば患者周辺の環境に手を触れた場合には手洗いなど手指衛生を遵守するという基本的な対策の必要性と重大性を低下させるものではない。 また、環境の微生物検査については、病院感染の発生率が一般的に空気や環境表面の細菌汚染レベルとは関係がなく、また環境表面における微生物汚染の許容基準がないという理由から、定期的な環境の細菌検査を行う必要はないとされている。CDCの2003年環境感染管理のガイドラインは54, 55)、「医療機関において、空気、水、および環境表面のランダムで目的の不明確な微生物検査はするべきでない」と勧告している。また手術室に関しても、CDCの1999年手術部位感染防止ガイドラインは日常的な環境微生物検査の必要はないとしている20, 21)。環境の微生物検査が意味を持つのは何らかの病院感染症が多発したとき疫学的に環境が汚染源であると疑われた場合であり、日本の勧告もそのように述べている72)。その場合にはその特定の菌に焦点をあてて調査を行い、その結果に基づいてその後のしかるべき感染対策を立案し実施する。ただし、環境のある部分から問題となる微生物が検出されても、それが感染伝播の原因となる経路を示すものではなく、問題となるそのような微生物に感染した患者が存在したことの結果に過ぎない場合が多いので、その解釈は慎重に行う必要がある86)。
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