セラチアによる病院感染について
はじめに
セラチアによる重大な病院感染の発生が近年国内で連続して報告されています。標準的な感染予防策をきちんと実施すれば、セラチアに対する感染予防策として基本的に十分であると思われますが、セラチアは多くの抗菌薬に対して耐性を持つことがあり、基礎的な疾患のある症例において診断と治療が遅れると重篤な病院感染症に進展してしまいます。以下、セラチアを念頭に置いた感染予防策について述べます
1) セラチアとは
セラチアはSerratia属に属するグラム陰性桿菌で、S. marcescensをはじめとする8菌種があります。セラチアは水や土壌に広く分布し、病院のみならず一般家庭においても洗面台などの湿潤環境に存在します。S. marcescensは赤色からピンクの色素を産生することが多く、洗面台などにバイオフィルムを形成していることを目視で観察できる場合があります。
一般の健常人に対しては平素無害であるので、家庭などでは特に注意するべきことはありません。但し、易感染患者や患者の感染しやすい部位にセラチアが伝播した場合、呼吸器感染、尿路感染、手術部位感染、血流感染、髄膜炎などを起こし、血流感染などの場合には急速に増殖して時に死因となることがあります。
2) セラチアによる病院感染の伝播経路
(1) 手指を経由した伝播
セラチアは病院内の湿潤環境に広く分布しており、また無症候の尿路保菌者などにも存在し、医療従事者の手指を頻繁に汚染すると思われます1,2)。したがって医療従事者が患者にカテーテルの挿入など侵襲的処置を行う前に手洗いを行い手袋を着用することが肝要です。また易感染患者に接触する前などにも手洗いが必要です。
(2) 薬剤を経由した伝播
セラチアは栄養源の乏しい水の中でも増殖します。したがって不適切に操作された輸液や輸液ルートにセラチアが生息することがあり、これらが直接血管内に混入した場合、血流感染を発生させる危険性が非常に高くなります3,4)。注射薬は原則単回使用とし、やむなく多数回使用する場合には厳重な衛生操作を行う必要があります5)。消毒薬においても塩化ベンザルコニウムなどの低水準消毒薬にはセラチアが生存することがあり6)、それらの消毒薬でケアされた手術部位やカテーテル挿入部位などから手術部位感染や血流感染が発生する可能性があります。粘膜に適用する薬剤が汚染されている場合も呼吸器感染、尿路感染などを起因する可能性があります。
(3) 器具を経由した伝播
手術室で用いる血圧監視装置7)や分娩室で用いる体内記録計用のトランスデューサー8)を介したと思われる感染も報告されています。手術器具や内視鏡などクリティカル・セミクリティカル器具に付着したセラチアは、標準的な滅菌・高水準消毒を実施していれば殺滅することが出来ます。但し、ネブライザーなど呼吸器系装置の加湿水(滅菌精製水)においては、蛇管・配管・加湿水タンクなどの滅菌・消毒や加湿水の交換が頻繁に行われていない場合にセラチアが増殖することがあり呼吸器感染などの原因となります9)。聴診器など乾燥したノンクリティカル器具を経由したセラチアの伝播はあまり問題となりませんが、心電図計電極端子の再利用されるゴム球を介したと思われる感染も報告されています10)。
(4) 物品を経由した伝播
給食食器は通常どおり熱水洗浄し、リネンも通常どおり洗濯を行い乾燥させておけば問題ありません。移植患者など極めて易感染状態にある患者の使用する洗面用具は定期的に消毒します。
(5) 環境を経由した伝播
床など乾燥環境を経由したセラチアの伝播はあまり問題となりません。洗面台など湿潤環境においては、そこに生息するセラチアが病院感染の感染源となる可能性があり、日常的な清掃により湿潤環境の清潔を保つことが重要です。ただし、セラチアは環境常在菌であり、これらをすべて常に消毒しておくことは不可能ですので、手洗いの励行が必須となります。創傷やカテーテル挿入のある症例を入浴させる場合には消毒薬を用いて浴槽の清掃を行うこともあります。
3) セラチアの消毒法11,12)
手洗いには通常どおり速乾性消毒薬などを用います。石けんと流水による手洗いも十分に行えば有効ですが、液体石けんの衛生管理に注意します。患者の処置には対象部位に適した生体消毒薬を用います。
クリティカル・セミクリティカル器具は通常どおり滅菌・高水準消毒を行い、呼吸器系装置に関しては次亜塩素酸ナトリウムや消毒用エタノールも用います。セラチアには低水準消毒薬に抵抗性を持つ株が存在します。それらが存在する可能性の高い湿潤なノンクリティカル器具・物品・環境に消毒薬を使用する場合には以下の消毒薬を用います。
- 熱水-耐熱性の器具・物品
- 500ppm次亜塩素酸ナトリウム液-金属を腐食することに注意
- アルコール-樹脂や塗装を変質させることがある
浴室など広範囲な環境表面はブラッシングなど物理的な清掃を基本としますが、場合により以下の消毒薬を補助的に用いることもあります。これらの消毒薬に対してセラチアが抵抗性を持つ場合があることに注意が必要です。
- 0.2%塩化ベンザルコニウム液、0.2%塩化ベンゼトニウム液
- 0.2%塩酸アルキルジアミノエチルグリシン液
一般的な注意事項:
セラチア対策のみならず基本的で日常的な予防策における注意事項として、アルコール綿の経時的な揮発による濃度低下に注意が必要です。アルコール綿はできる限り毎日交換し使い残しはすべて廃棄します。液剤をつぎ足すことは行ってはなりません。 50%イソプロパノールもセラチアに有効ですが、揮発する状態で放置すると比較的短時間で効力が不十分となり、より高濃度のアルコールでも揮発する状態で放置すればいずれ効力が不十分となります13)。これらのことが病院感染を起因する可能性について注意が喚起されています14)。また塩化ベンザルコニウム6)やクロルヘキシジン15)の水溶液中にセラチアが生存し病院感染を起因したと示唆する報告もあるので、これらの消毒薬も衛生的に取り扱い、使い回しを行わず、定期的に交換します。
まとめ
セラチアなどのグラム陰性桿菌は薬液や湿潤環境を経由した伝播が特に問題となります。しかし以上述べたような手洗いの励行、薬剤の衛生管理、通常の器具消毒などは、常に行う必要のある標準的な予防策であるとも言えます。また湿潤環境の不確実な消毒を行うことよりも、処置前の手洗いを励行することの方が肝要と思われます。セラチアに注目した特別な感染対策というよりも、標準的な感染予防策を日常的に確立することが求められていると思われます16)。
<参考文献>
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http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/07/h0719-2.html
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http://www.yoshida-pharm.com/library/cdc/guideline/pn.html
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http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/syoguide.html
III-2-2) 物品
IV-2-2)-(1) ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌
IV-2-2)-(2) その他のグラム陰性菌
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2686023&dopt=Abstract
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/evidence.html