E型肝炎ウイルスについて
E型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus: HEV)は、A型肝炎ウイルス(Hepatitis A virus: HAV)と同様、経口感染する肝炎ウイルスであり、もっぱら発展途上国において蔓延し問題となっていましたが、近年は日本においても国内での生肉摂取や輸血によるHEV感染例が報告され、HEVが国内にも土着していると考えられるようになりました。
HEVはヒトに感染しても慢性化することがなく、また多くの場合、感染しても肝炎を発症しないまま抗体が検出されるようになる不顕性感染です。すべての年齢層で発症例がみられますが、10代~30代に発症例が多くみられます。潜伏期は30~40日といわれていますが、場合によっては15~60日になることもあり、臨床症状は他の肝炎と同じく黄疸、倦怠感、肝腫大、食欲不振です1)2)3)。しかし劇症肝炎を発症することもあり4)、特に妊娠第三期の妊婦においては重篤化する確率がかなり高くなると言われていますので5)、この意味ではHAV感染よりも重大なウイルス性肝炎です。HEV感染の治療は現在のところ基本的に対症療法しかなく、ワクチンは開発段階です3)。
インド、東南アジア、中央アジア、メキシコ、アフリカなどの上下水道施設の衛生管理が十分でない発展途上国において、市井におけるHEVの大規模な集団感染が発生しています。糞便-経口感染する非A非B型肝炎ウイルス、つまり現在のHEVと思われるウイルスの存在が報告されたのは1980年ですが2)、遡及的な調査によりHEVによる世界で初めての大規模な集団感染は1955~1956年に発生したインドのニューデリーでの29,000症例におよぶ集団感染であったと言われています1)。その原因は洪水により市中飲料水がHEV汚染を受けたためであるとされています。その後米国などにおいても海外渡航者におけるHEV感染が注目されるようになりました6)。
日本においても近年まで海外渡航者の感染例しか報告がありませんでしたが、2001年以降、海外渡航暦のない散発的な急性肝炎症例から日本に土着性と疑われるHEVの検出が遺伝子的に確認され報告されています7)8)9)。また、国内の養豚場で生後60~90日のブタから検出されたHEVの遺伝子が上記の海外渡航暦のない症例から検出されたHEVの遺伝子と似ていたという報告もあります10)。厚生労働省が2002年に配布した資料によると、HEVはブタの成育とともに体内から消失し、と畜処理される生後6ヶ月程度のブタからは検出されないため、ブタ肉の安全性には特段問題ないと考えられるとのことでしたが11)、その後国内で野生生シカ肉の摂取による感染事例が確認され23)、また加熱不十分な豚レバーの摂取が原因である可能性のある感染事例が報告されたため24)、厚生労働省はブタや野生動物の肉を十分加熱調理するよう呼びかけています25)。また国内での輸血による伝播も報告されています26)27)。日本の健常人における高精度の検出法を用いた調査によるとHEV抗体保有率が4.6~6.7%であったとも報告されており12)、なんらかの経路で国内においてもHEVが蔓延した可能性があります。日本においても急性肝炎の患者を診断するときには、HEV感染の可能性も考慮すべきであると言われています10)12)。
上下水道の衛生管理がなされている日本の一般家庭において特に注意すべきと思われる事項は指摘されていません。HAV、HEVなどが蔓延している国に渡航する場合には、現地において清潔の保証がない飲料水(氷入り清涼飲料水を含む)や非加熱の肉類、魚貝類、野菜などの飲食を控えることが重要です。また渡航前に地域によりHAVワクチンなどの接種を受けます。
HEVの主な感染経路は汚染された飲料水を介して伝播する経口感染です。HEVはHAVと同様、糞便中に排泄されますがHAVよりも2次感染の頻度が少ないと言われています3)。ただしドイツにおいて看護師などのHEV抗体陽性率が3.9%であったという報告もあります13)。HAVにおいては注射針の共用による薬剤常習者のウイルス血症14)や感染症例からの排泄物の接触伝播による医療従事者や患者への病院感染15)16)が報告されています。病院におけるHAV・HEV感染対策は、排泄物は感染性があるものとみなして日常的に行う標準予防策が基本となります。すべての患者について排泄物に接触する場合は必ず手袋を着用し、手袋の着用の有無にかかわらず、排泄物に触れた後は手洗いを行います17)18)。また、排泄物で汚染されたノンクリティカル器具や環境は念入りに洗浄または清拭し、熱水や消毒薬なども用いて清浄化します19)20)。HAV・HEV感染症例に失禁があれば、汚染の疑われる範囲で接触予防策を追加して行います。
HEVはエンベロープのないウイルスであり、消毒薬に対する抵抗性が強いと思われます。HEVの消毒薬感受性はまだ明確に確認されていないため、同じくエンベロープのないHAVなどのウイルスにおける消毒薬感受性から有効な消毒薬を類推することとなります。滅菌法や熱水消毒以外に、短時間でHAVの高い不活化率を達成できる消毒薬としては2%グルタラール、5,000ppm(0.5%)次亜塩素酸ナトリウムが報告されていますが21)、一般にノンクリティカル表面におけるエンベロープの無いウイルスの消毒は、熱水(98℃15~20分、多くの場合は80℃での10分洗浄でも可)、500-1,000ppm(特別な場合には5,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム液、場合によりアルコールによって行います19)20)。また一般にエンベロープの無いウイルスについて、塩化ベンザルコニウムなど低水準消毒薬の不活化効果は期待できず、アルコールが高い不活化率を達成するには比較的長時間の接触が必要です。水道水、石けん、抗菌成分含有石けん、アルコール製剤を用いた手洗いにおけるHAVに関する研究では、どの場合も減少率が80~95%の範囲にあり、手洗い方法や抗菌成分による大きな差は認められていません21)22)。これら消毒薬抵抗性の強いウイルスに対しては、念入りな洗浄、清拭、清掃など物理的なウイルスの除去を行うと共に、必要に応じて消毒薬を適切に選択します。
<参考>
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IV-8-5)-(2) 4類感染症 ウイルス
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