ウイルス性結膜炎について
はじめに
夏期はウイルス性結膜炎が流行しやすく、眼科で受診する結膜炎症例が増加することはもちろん、他の診療科においても結膜炎症状を有する症例を受け入れる機会が増加します。ウイルス性結膜炎にはアデノウイルスによる流行性角結膜炎や咽頭結膜熱、エンテロウイルス70型またはコクサッキーウイルスA24変異型による急性出血性結膜炎などがあります。これらのウイルス性結膜炎が病院感染として集団発生したとの報告が数多くあります。以下、ウイルス性結膜炎の感染対策について述べます。
流行性角結膜炎
流行性角結膜炎は、19世紀末にオーストリアから初めて臨床報告があり、その後インドで流行し、また米国の造船所で流行するなど、20世紀には日本を含む全世界で流行がみられるようになりました1)。原因微生物はアデノウイルスの一部です。アデノウイルスはアデノウイルス科のDNA型ウイルスで、そのDNAに基づいてA~Fの6つの亜属に分類され、また、これまでに51の血清型が報告されています2)。8型が流行性角結膜炎の典型的な原因として知られていますが、近年の日本においては、8型のみならず3、4、19、37型による流行性角結膜炎も報告の多数を占めています3)4)5)。
流行性角結膜炎は、1~2週間の潜伏期間の後、眼脂、流涙、結膜充血、眼瞼腫脹、結膜濾胞、角膜点状上皮下混濁などを症状とします。流行性角結膜炎は感染症予防法で4類感染症定点把握(眼科)に分類されています6)。
咽頭結膜熱も、アデノウイルスによる発熱、咽頭炎、結膜炎を症状とする感染症であり、3型が主な原因です。プールを介した伝播が多く報告されており、プール熱と呼ばれることもあります。咽頭結膜熱は感染症予防法で4類感染症定点把握(小児)に分類されています6)。臨床的に流行性角結膜炎と咽頭結膜熱を区別することが困難な場合もあり、両者がアデノウイルス結膜炎として包括的に述べられることもあります7)。
感染対策
アデノウイルスは感染力が強く、眼科など医療機関内での伝播が数多く報告されているため、病院感染対策が重要です1)8)9)10)。乾燥状態で8~35日間、活性を維持したとの報告もあり11)12)、主な感染経路は汚染された手指を介しての接触感染や器具、リネンなど物品、環境表面を経由した接触感染と考えられます。また、医療機関内で汚染された点眼薬が原因で伝播したとの報告もあります13)14)。流行性角結膜炎が病院内で集団発生した場合には病棟の一時閉鎖に至る場合もあり、その影響は重大です。眼科においては特に、包括的で日常的な対策が必要と思われます8)。
染対策には標準予防策に加えて厳密な接触予防策を行い、念入りな手洗い、器具の消毒・滅菌、点眼液やリネンの共用禁止、症例が直接接触した環境表面の清拭・消毒などを徹底します。眼圧計やタオルなど直接眼に触れるものには特に注意が必要です1)8)15)16)。
有効な消毒薬
アデノウイルスはエンベロープの無いウイルスであり、エンベロープの有るウイルスよりも消毒薬に抵抗性を示します。ただし、若干親油性があるため、エンベロープの無い親水性ウイルスよりも良好な消毒薬感受性を示します。具体的には、0.04%グルタラール、200~500ppm次亜塩素酸ナトリウム、1~5%ポビドンヨード液、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、90℃5秒の熱消毒が有効と報告されています12)17)18)19)20)21)22)。したがって、ノンクリティカル表面におけるアデノウイルスの消毒には、熱水か、500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液またはアルコールを用います。リネンは80℃10分の熱水洗濯または次亜塩素酸ナトリウム液による消毒を行います。セミクリティカル器具には通常の高水準消毒または滅菌を行います。手洗いにおいては、流水と石鹸を用いた15秒手洗いも、ある程度効果を示したが、流水洗浄後に速乾性手指消毒薬を使用すると高い効果があったとの報告があります23)。
急性出血性結膜炎
急性出血性結膜炎は1969年に西アフリカのガーナで初めて観察され24)、その流行がアポロ11号の月面着陸とほぼ同時期にみられたためにアポロ結膜炎と呼ばれました。その後、アフリカ、アジアを中心に流行がみられましたが、現在までに日本を含むほぼ全世界で散発的な流行が発生しています。原因微生物はエンテロウイルス70型または同じくエンテロウイルスの一種であるコクサッキーウイルスA24変異型です25)26)。エンテロウイルスはピコルナウイルス科エンテロウイルス属のRNA型ウイルスで、さらにポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、その他に小分類されますが、これらは必ずしも明確に確立した分類ではなく、エンテロウイルス68~71型のようにエンテロウイルス全体としての血清型番号が付けられることもあります。
急性出血性結膜炎は約1日の潜伏期間の後、眼脂、流涙、眼瞼腫脹、結膜充血・浮腫、結膜濾胞、球結膜出血などを症状とします。急性出血性結膜炎は感染症予防法で4類感染症定点把握(眼科)に分類されています6)。
感染対策
燥状態でのエンテロウイルス70型は6時間以内に不活性となることが報告されていますが12)、エンテロウイルス70型やコクサッキーウイルスA24変異型はアデノウイルスと同様、汚染された手指、器具、リネンなど物品、環境表面、薬剤などを介して伝播すると考えられます。感染対策はアデノウイルス対策に準じ、標準予防策に加えて接触予防策を行います15)16)。
有効な消毒薬
エンテロウイルスはエンベロープの無い親水性ウイルスであり、消毒薬に比較的強い抵抗性を示します。一般にノンクリティカル表面におけるエンベロープの無いウイルスの消毒は、熱水によるか、念入りな洗浄、清拭により物理的にウイルスを除去した上で、仕上げとして500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液、場合によりアルコールを用います。リネンは80℃10分の熱水洗濯または次亜塩素酸ナトリウム液による消毒を行います。セミクリティカル器具には通常の高水準消毒または滅菌を行います。エンベロープの無いウイルスを対象とした手洗いは流水による手洗いでウイルスを物理的に除去することが基本であり、速乾性消毒薬またはポビドンヨードスクラブを補完として用います27)。
エンテロウイルスに対する1~2%グルタラール、200~500ppm次亜塩素酸ナトリウム、90℃5秒熱消毒の有効性を示す報告があります12)17)18)。エンテロウイルスに対するアルコールとポビドンヨードの効果については、濃度、エタノール・イソプロパノールの違い、ウイルスの種別型別などにより差異があるため、一概に有効・無効を断定できません。70v/v%イソプロパノールより消毒用エタノールの方が有効であるとする報告がいくつかありますが、消毒用エタノールでも5~10分以上の作用時間が必要な場合があることを示すデータも報告されています20)21)28)。ポビドンヨードの場合には細菌の場合と同様、2~10%と高濃度よりも0.5%以下の低濃度の方が有効であることが報告されています17)22)。
おわりに
ウイルス性結膜炎に対しては、比較的厳密な接触予防策が必要です。感染症例に直接使用された器具を介した伝播はもちろん、医療従事者の手指、タオルなどのリネン、ドアノブなど手指の頻繁に触れる環境などを介した伝播を防止することが必要です。これらの対策が眼科において重要であることは言うまでもありませんが、他の診療科においても、結膜炎症状を有する症例を受け入れた場合には、ウイルス性結膜炎の可能性を考慮して予防策を行うことが適切と思われます。なお、アデノウイルス、エンテロウイルスのほか、ヘルペスウイルス、クラミジア、グラム陰性菌などが、眼感染症の原因となることもあります。
<参考>
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文献請求先
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http://www.yoshida-pharm.com/point/data/list_1.html