感染症予防法の改正について(後編)
(2018.11.26追記)
*ご注意ください:本内容は最新の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の情報ではありません。届出等に関する情報は 厚生労働省のホームページを参照ください。
8.野兎病
野兎病はFrancisella tularensis(野兎病菌)を病因とする感染症であり、悪寒、発熱などの一般症状のほかに、局所壊死、肺炎症状、チフス様症状、敗血症症状などを呈することもあります。野兎病菌はフランシセラ属のグラム陰性球桿菌で、ネズミなどを自然宿主とし、ベクターとなる節足動物も存在します。バイオテロリズムに悪用される恐れもあり、(新)四類へ追加されました。
ヒトからヒトへの感染は報告されておらず、感染症例には標準予防策を適用します。野兎病菌は芽胞を形成しない栄養型細菌であり、消毒薬抵抗性は特に報告されていないため、通常の消毒を行えば十分と思われます。詳しくはY’s Letter No. 15を参照下さい。
9.リッサウイルス感染症
リッサウイルス感染症はリッサウイルス属(Genus Lyssavirus)による感染症ですが、リッサウイルス属である Rabies virusによる狂犬病は従来より(旧)四類感染症に分類されており、今回(新)四類へ分類されました。Rabies virusのほかに、ヒトへ感染する狂犬病関連リッサウイルスとして、 European bat lyssavirus、Australian bat lyssavirus、Lagos bat lyssavirus、Duvenhage virus、Mokola virusがあり、これらが(新)四類へ追加されました。
リッサウイルスはラブドウイルス科のRNA型ウイルスでエンベロープを有します。Rabies virusは吸血コウモリ、イヌ、ネコ、キツネ、オオカミなど、European bat lyssavirusはヨーロッパの食虫コウモリ、 Australian bat lyssavirusはオーストラリアのオオコウモリなど食果実コウモリと食虫コウモリ、 Lagos bat lyssavirusはアフリカの食果実コウモリ、Duvenhage virusはアフリカの食虫コウモリ、Mokola virusはアフリカのトガリネズミなどが宿主ないしベクターです27)。
狂犬病関連リッサウイルスは狂犬病と類似の脳炎をもたらします。感染症例には標準予防策を基本としますが、接触予防策も考慮します28)。リッサウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的小さいと推測されます。
10.レプトスピラ症
レプトスピラ症はLeptospira interrogansによる感染症であり、Leptospira interrogansは感染したネズミ、イヌ、ブタ、ウシなどの動物の尿への接触や汚染された上下水へを介してヒトに伝播し、近年ニカラグア、ブラジル、インド、マレーシア、米国などで集団発生があったため、(新)四類へ追加されました。Leptospira interrogansはレプトスピラ科のらせん菌で多数のserovarに分類されます。
レプトスピラ症は多くの場合、穏やかな発熱などの症状にとどまり、日本では秋疫(あきやみ)とも呼ばれていますが、Leptospira interrogans serovar icterohaemorrhagiaeなどによるものは黄疸と出血傾向を伴い、腎不全にいたることがあります。この黄疸出血性レプストピラ症はWeil病とも呼ばれ、死亡率は5~15%に及びます。またレプトスピラ症は髄膜炎をもたらす場合もあります。レプトスピラは感染症例の尿や母乳から検出されますが、ヒトからヒトへの伝播はまれです29)。
感染症例には標準予防策を基本とします。特別な消毒薬の選択は必要ないと思われます。
11.バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症
バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症は、バンコマイシンのMICが32μg/mL以上である黄色ブドウ球菌 (vancomycin-resistant Staphylococcus aureus :VRSA)による感染症であり、(新)五類感染症の全数把握へ追加されました。2002年米国でこの判定基準におけるVRSAが初めて臨床分離され、その菌株から腸球菌のバンコマイシン耐性遺伝子として知られていたvanAが検出されています。
感染症例にはバンコマイシン耐性腸球菌感染症の場合と同様、接触予防策を行います。vanAを持つことで消毒薬感受性が大きく変化するとは思われませんので、通常の黄色ブドウ球菌と同様に消毒薬を選択します。詳しくは Y’s Letter No. 3とY’s Letter No. 6を参照下さい。
12.RSウイルス感染症
RSウイルス感染症はRespiratory syncytial virus (RSウイルス)を病因とする感染症で、かぜ症候群のひとつですが、(新)五類感染症の定点把握へ追加されました。RSウイルスはパラミクソウイルス科、ニューモウイルス亜科のRNA型ウイルスでエンベロープを有します。
RSウイルスは主に冬季に流行し、成人において通常軽度の上気道感染、かぜ症候群をもたらしますが、高齢者においては重症となる傾向があり、主に小児、特に乳児においてはしばしば細気管支炎、肺炎、気管気管支炎をもたらし時に死因ともなるため、重大な呼吸器系ウイルスのひとつと言えます。さらに慢性肺疾患患者や移植後の免疫不全患者においては高い死亡率と関連しています。
多くのヒトが既に乳児の時にRSウイルスの初感染を経験していると言われますが、感染しても十分な免疫が成立しないため、成人になっても再感染を繰り返します。またそのことによりワクチンの開発も困難となっています30)。
小児病棟などにおけるRSウイルスの病院感染が古くから問題となっています31)。インフルエンザウイルスと異なり、RSウイルスは頻繁に接触感染することに注意が必要です。感染症例の鼻汁に含まれたこれらのウイルスは、感染症例の皮膚や衣服、おもちゃなどの物品や器具、それらに接触した手指においても感染性を保ち、それが眼や鼻に触れることで伝播すると言われています32)。鼻汁を含む飛沫が直接眼や鼻に入る場合もあると思われますが、経口感染はまれと言われています。伝播したこれらのウイルスは鼻咽頭上皮で複製し、さらに気道へ広がり呼吸器感染症を成立させます。したがって、接触予防策を行うことが必要であり、場合により飛沫予防策に準じた対策を考慮します。グローブ・ガウンの着用、手洗い、集団隔離によりRSウイルスによる病院感染の発生率が低下したという報告があります33)34)35)。
RSウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的弱いと思われます。70%イソプロパノールとクロルヘキシジンスクラブはRSウイルスに対して有効であったが、クロルヘキシジン水溶液は効果が不十分であったとの報告があります36)。
おわりに
現代の世界においては国際的なヒトの移動が活発であるため、SARSを典型とするような外国の新しい感染症が直ちに世界的な脅威となってしまいます。また輸入動物を介した感染症の国際伝播もしばしば発生しています。病院感染対策の観点においても、外国の感染症について適確な情報を収集し備えておくことが必要と思われます。
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