トリインフルエンザA(H5N1)型
最近の経緯
2003年12月中旬以来、高病原性トリインフルエンザ(highly pathogenic avian influenza) A(H5N1)型が、アジア諸国(カンボジア、中国、インドネシア、日本、ラオス、韓国、タイ、ベトナム)の家禽や野鳥に大流行しています(表1参照)。その規模は史上初のもので、大きな経済的打撃をもたらしていますが、ベトナムとタイにおいてはヒトにおける感染も発生し、公衆衛生上の問題となっています。
国 | 発生時期 |
韓国 | 2003年12月12日、史上初 |
ベトナム※ | 2004年1月8日、史上初 |
日本 | 2004年1月12日、1925年以来初 |
タイ※ | 2004年1月23日、史上初 |
中国 | 2004年1月27日、(2月6日現在、31省・地区のうち13省・地区で確認) |
ラオス | 2004年1月27日(H5を確認済、H5N1は確認中) |
インドネシア | 2004年2月2日、史上初 |
その他 | 香港で1羽のみのH5N1感染が報告されている。台湾とパキスタン、アメリカ合衆国でH5N1以外のトリインフルエンザ集団発生が報告されている。 |
※はヒト感染の発生国。文献2)3)より作成
2月9日現在、ベトナムにおいては18例のヒト感染が検査確認されており、そのうち13例が死亡しています。タイにおいては5例が検査確認されており、その全例が死亡しています1)。
臨床像
ベトナムとタイにおける23例のうち10例が女性で、年齢は中央値が13歳(平均16歳、レンジ4~58歳)、予後の確定した20例のうち18例が死亡しています。データのある12例において、発症から死亡までの期間は中央値が13日間(平均13.5日間、レンジ5~31日間)と報告されています1)。
タイの5例(4例は6~7歳の男児)では、初期症状が咽喉痛、鼻漏、筋肉痛で、発症後1~5日で呼吸困難となり、胸部X線にて肺炎像がみられ、酸素供給が必要になったと報告されています。なお、これら5例の家庭や近隣では家禽が飼育されており、家禽に病変や死亡がみられ、感染症例はそれら家禽に近接または接触していたことが確認されています1)。
伝播様式
トリにおいては急速かつ広範に流行が拡散しており、多数の家禽が処分されていますが、これまでのところヒトにおける感染は、もっぱらトリに近接した人々において局地的にみられるだけで、ヒトへの感染性は高くないと思われます。ベトナムの2例においては、ヒトからヒトへ感染した可能性もあると報告されていますが、確認はされておらず、具体的な伝播様式も不明です2)。ヒトへの感染性を高めるような遺伝子変異が発生したとは報告されていません。
病院感染対策
ヒト感染症例における病院感染対策として、基本的にはヒトインフルエンザと同様に飛沫予防策を厳密に遵守することがもっとも重要であると思われます。厳密な飛沫予防策においては、個室隔離を行い、患者に接近するときはサージカルマスクを着用し、患者が移動する場合には患者自身にサージカルマスクを着用させます4)5)。ただし、今回のトリインフルエンザにおいては、ヒトにおいてもきわめて高い致死率が報告されているため、タイ衛生当局はなるべく空気予防策を行うようにと勧告しています1)。なお、結膜炎症状を伴うトリインフルエンザの場合は接触感染する可能性があるため、接触予防策も必要ですが、今回のトリインフルエンザについても、その重大性を考慮すると、念のため接触予防策も行うことが妥当と思われます。
消毒
ノンクリティカル器具や環境表面がトリインフルエンザ症例の気道分泌物で汚染された可能性がある場合には、熱水洗浄を行うか、アルコールまたは200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液を用いて消毒します。クリティカル器具・セミクリティカル器具に適用する高水準消毒または滅菌は、通常通り患者毎に行います。
解説
インフルエンザウイルスはオルトミクソウイルス科のRNA型ウイルスでエンベロープを有します。核蛋白質の違いからA型・B型・C型の3属に分類され(A型・B型・C型ウイルス)、A型ウイルスはさらにウイルスの表面に存在する糖蛋白質であるヘムアグルチニン(H:赤血球凝集素)とノイラミニダーゼ(N)における抗原性の種類、つまり15種類のH抗原、9種類のN抗原により様々な亜型(subtype)に分類されます6)。A型ウイルスはヒト以外にトリやブタなどの哺乳動物にも感染しますが、通常ヒトに感染しうるA型ウイルスの亜型はH1~3、N1~2のみです。なおB型・C型ウイルスは、もっぱらヒトに感染します。
A型ウイルスのなかで、トリに感染するが通常ヒトには感染しない亜型を、エビアンウイルスと呼びますが、1997年香港において局地的に、エビアンウイルスであるA(H5N1)型によるヒトの集団感染(死亡6例を含む18例)が報告されました7)8)。また1999年に同じ香港でエビアンウイルスであるA(H9N2)型ウイルスが2人の小児に感染しました9)。このほかエビアンウイルスであるA(H7N7)型によるヒトの感染が欧州で報告されています10)。
これまでに報告されているエビアンウイルスによる主なヒト感染例を表2に示します。
型 | 年・地域 | 規模 |
A(H5N1) | 1997年香港7)8) | 18例 うち死亡6例 |
2003年香港11) | 2例 うち死亡1例 |
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2003~4年ベトナム1) | 18例 うち死亡13例 |
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2004年タイ1) | 5例 うち死亡5例 |
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A(H9N2) | 1999年香港9) | 2例(軽症) |
2003年香港12) | 1例(軽症) | |
A(H7N7) | 1996年英国10) | 1例* |
2003年オランダ13)14) | 89例** うち死亡1例 |
* 結膜炎症状のみ。** 結膜炎症状83例、インフルエンザ様症状7例。文献1, 7~14)より作成。
ヒトが、ヒトインフルエンザウイルスとエビアンインフルエンザウイルスの両方に同時感染した場合、ヒト型とトリ型のウイルスで遺伝子交雑が起こり、ヒトにも高い感染性を持つ新型ウイルスが発生する可能性があります。このようにして発生した新型ウイルスに対してはヒトの感染防御能が通用しない恐れがあるため、1918~20年の「スペインかぜ」のように全世界に多数の死亡者をもたらす大流行が発生する危険性があると考えられています。
このような意味で、トリインフルエンザに感染するリスクの高い人々、たとえば流行地域の養禽従事者・家禽処分従事者・獣医などに、ヒトインフルエンザワクチンを接種することは重要と言われています。また、トリインフルエンザ症例をケアする可能性のある医療従事者は、ヒトインフルエンザワクチン接種を受けておくことが強く望まれます。インフルエンザA(H5N1)型そのものに対するヒト用のワクチンはまだ実用化されていません。
<参考>
http://www.who.int/wer/2004/en/wer7907.pdf
http://www.who.int/wer/2004/en/wer7907.pdf
http://www.who.int/csr/don/2004_02_06/en/
http://www.yoshida-pharm.com/library/cdc/guideline/iso.html
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/evidence.html
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=6969132&dopt=Abstract
http://www.yoshida-pharm.com/us/1997/971219.html
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=12110265&dopt=Abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=12110265&dopt=Abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=9638147&dopt=Abstract
http://www.yoshida-pharm.com/who/2003/030303a.htm
http://www.yoshida-pharm.com/who/2004/040116.htm
http://www.yoshida-pharm.com/euro/2003/030424.htm