CDC:NICUにおける感染予防と管理のための勧告:黄色ブドウ球菌
はじめに
2020年9月、米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は「NICUにおける感染予防と管理のための勧告:黄色ブドウ球菌」を公表しました1)2)。本勧告は「NICU患者における感染制御のガイドライン」の一部であり、各セクションが作成され次第、分割して公開される予定です。今回公開された勧告は、施設特有のガイドラインとして黄色ブドウ球菌の伝播の継続、黄色ブドウ球菌感染の発生率の増加、アウトブレイクの証拠がある場合に実施される介入について具体的な推奨事項が示されています。
以下に本勧告の概要および勧告における消毒に関連する内容などを中心にご紹介いたします。
実施概要
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は米国における新生児集中治療室(NICU)で最も一般的に報告されている院内感染病原体です3)。侵襲的黄色ブドウ球菌感染症の発生率は、新生児、特に早産児や低出生体重児に高く4)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染の発生はNICUにおいて多数報告されています5)-17)。これまでの感染対策では特にMRSAに焦点があてられていましたが、最近の研究において、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)の罹患率と死亡率はMRSAと同等であり、NICU患者でより頻繁に発生することが報告されていることから4)18)、NICUにおいてはMRSAだけでなくMSSAも含めた黄色ブドウ球菌全体の予防対策が必要と考えられるようになりました。
そのため、本勧告ではNICU患者に対するMRSAとMSSAを含む黄色ブドウ球菌の予防と管理のための新しい根拠に基づく勧告が示されています。勧告策定のための文献検索は、2019年8月までの文献のシステマティックレビューに基づいて行われ、対象分野の専門家により2019年8月以降に公開された関連文献を推奨することで補足されました。
黄色ブドウ球菌のエビデンスレビューは、以下のKey Questionに基づき行われました。
- 保菌または感染しているNICU患者から他の患者への黄色ブドウ球菌の伝播を防ぐ効果的な戦略にどのようなものがあるか?これらの戦略はMRSAとMSSA間や、アウトブレイクの状況で異なるか?
- スクリーニングを行う場合、NICU患者の黄色ブドウ球菌保菌を特定する最も効果的な解剖学的サンプリング部位と試験方法にはどのようなものがあるか?
- NICU患者における黄色ブドウ球菌感染のリスク因子およびリスク指標にはどのようなものがあるか?これらの因子はMRSAとMSSA間や、アウトブレイクの状況で異なるか?
- NICU患者における黄色ブドウ球菌保菌のリスク因子およびリスク指標にはどのようなものがあるか?これらの因子はMRSAとMSSA間や、アウトブレイクの状況で異なるか?
これらのKey Questionに基づき行われたレビューにより、以下の勧告が示されました。
なお、今回の勧告はNICU患者に対する黄色ブドウ球菌の予防に関するエビデンスに基づく推奨事項が示されましたが、エビデンスが不十分であった重要なトピックについては、他のガイダンスとしてSHEA※新生児集中治療室(NICU)ホワイトペーパーシリーズ:黄色ブドウ球菌の感染症予防への実践的アプローチ19)や、医療現場での多剤耐性菌(MDRO)の管理に関するガイダンス20)も利用するよう述べられています。
※The Society for Healthcare Epidemiology of America:米国医療疫学学会
勧告
本勧告では、1.NICUにおける積極的監視培養、2.除菌および3.接触予防策の3つの内容に関する勧告が示されており、それぞれの勧告の概要がまとめられています。
勧告1.a 黄色ブドウ球菌感染の発生率が高い場合、またはアウトブレイクの状況にある場合は、NICU 患者における黄色ブドウ球菌保菌に対する積極的監視テストを実施する。(推奨) |
勧告1.b ユニット内で医療関連伝播が継続している証拠がある場合、NICU患者におけるMRSA保菌に 対する積極的監視テストを実施する。(推奨) |
勧告1.c 医療関連MSSA伝播の継続を検出するためのNICU患者におけるMSSA保菌に対する積極的監視 テストの使用は、未解決の問題である。(推奨なし) |
勧告1.d NICU患者に対して黄色ブドウ球菌保菌の積極的監視テストを実施する場合は、新しい保菌患 者を迅速に特定するために定期的にテストする。(推奨) |
勧告1.e NICU患者における黄色ブドウ球菌保菌の積極的監視テストが実施されている場合は、新しく 入院した保菌患者を迅速に特定するために、院外出生の乳児または他の新生児ケアユニットから転院し た乳児の入院時にテストを行うことを考慮する。(条件付き推奨) |
勧告1.f NICU患者における黄色ブドウ球菌保菌の積極的監視を行う場合、培養ベースまたはポリメラ ーゼ連鎖反応(PCR)検出方法のいずれかが使用できる。(推奨) |
勧告1.g NICU患者の黄色ブドウ球菌保菌の積極的監視を行う場合は、少なくともNICU患者の前鼻孔か らサンプルを収集する。(推奨) |
勧告2.a アウトブレイク施設、または医療関連の感染が継続している場合、あるいは感染発生率が増加 している場合には、適切な感染予防および管理措置の実施と遵守に加えて、黄色ブドウ球菌を保菌した NICU患者を対象とした除菌を考慮すること。(条件付き推奨) |
勧告2.b 黄色ブドウ球菌を保菌したNICU患者に普遍的な除菌の使用は、未解決の問題である。 (推奨なし) |
勧告2.c 最適な除菌剤または薬剤の組み合わせは、未解決の問題のままである。(推奨なし) |
勧告3. メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の保菌または感染の既往歴がある個々のNICU患者に 対する接触予防策の中止を許可する適切な手順は、未解決の問題である。(推奨なし) |
そのなかで、勧告2.cの概要においてクロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)に関する記載があり、CHGに対するFDA指示として、早産児または生後2ヵ月未満の乳児においては「注意して」使用すると示されています。また、今回のレビューで検索されたNICU集団におけるCHGの潜在的な有害性には、化学熱傷を含む皮膚の有害事象、臨床的意義が不明の全身吸収、使用する薬剤に対する耐性または他の薬剤に対する交差耐性の発生を含むとされています。
エビデンスの概要
エビデンスの概要は「5.a NICUにおける黄色ブドウ球菌伝播予防の介入」と「5.b NICU患者における黄色ブドウ球菌に対するリスク因子とリスク指標」の2項目に分けてられており、項目5.aでKey Question 1、2に対するエビデンスの概要を、項目5.bではKey Question 3、4に対するエビデンスの概要が示されています。
5.a NICUにおける黄色ブドウ球菌伝播予防の介入
Key Question 1、2に対して保菌または感染したNICU患者から他の患者へのMRSAまたはMSSAを含む黄色ブドウ球菌の伝播予防のための介入を調査した報告について検討され、選定された報告をエビデンスとして「複数の介入戦略」「先行的(preemptive)接触予防策」「手指衛生プロトコル」「積極的監視テスト」「最適な試験方法と解剖学的部位」「乳児の除菌および積極的監視テスト」の6つについて概要を示しています。
そのなかで、「先行的接触予防策」の項では、保菌状態が陰性であることを確認されるまでの院外出生の乳児に対する先行的接触予防策の実施に関する報告内容が述べられています。その報告では、NICUに移送された院外出生の乳児に対する先行的接触予防策による医療関連MRSA感染の発生率に及ぼす影響が調査され、先行的接触予防策の実施により、MRSA感染率の低下が認められたと報告されています21)。ただし、その調査結果では手指衛生コンプライアンスが25%増加したとも報告されています。そのため、現時点では院外出生の乳児に対し先行的接触予防策を実施する有益性の証拠は限られるとしています。
「手指衛生プロトコル」の項目においては、手指衛生方法の変更による感染率低下の報告が示されております。その報告では、普遍的な手袋の使用や、手指衛生の方法をCHGによる手洗いからクロルヘキシジン配合の擦式アルコール製剤による手指衛生法への変更などの複数の対策変更を取り入れた新しい手指衛生プロトコルの導入により、平均在院日数や感染関連死亡率の変化はなかったが、MRSA敗血症の発生率の低下がみられたとしています22)。
また、「乳児の除菌と積極的監視テスト」の項目においては、根拠文献の一つとして、中心静脈カテーテルと末梢静脈カテーテルを挿入した超低出生体重児にのみ予防的除菌とCHG浴を行った結果、NICUのすべての乳児で黄色ブドウ球菌感染の減少が見られたとの報告が示されています23)。また、この報告では除菌プロトコルに関連する有害事象を調査していますが、有害事象は認められなかったとされています。ただし、安全上の懸念として、勧告2.cの概要での記載の通り、CHGは早産児または生後2ヵ月未満の乳児には「注意して」使用すること、また薬剤による刺激や化学熱傷の可能性についても触れられています。
5.b NICU患者における黄色ブドウ球菌に対するリスク因子とリスク指標
黄色ブドウ球菌感染のリスク因子とリスク指標として、より低出生体重であることとより少ない在胎期間がNICU患者における黄色ブドウ球菌およびMRSA感染と有意に関係しているとしています11)24)25)。また、ある3つの報告においてMRSAとMSSA感染症のリスク因子とリスク指標を比較したところ、より年長の乳児においてMSSA感染のより高い発病率が見られたとしています。ただし在胎週数はこれら乳児間で差はなく、MRSA感染と比較した場合、滞在期間が長いことが乳児のMSSA感染に影響している可能性が示唆されるとしています4)8)26)。
また、黄色ブドウ球菌保菌のリスク因子とリスク指標として、多胎妊娠11)25)27)と抗菌薬療法の実施27)28)はMRSA保菌と有意に関係していたとしています。抗菌薬療法がMRSA保菌を防ぐための潜在的な変更可能なリスク因子であることは注目に値するが、NICUの乳児は重症のため、これら抗生物質投与が必要で避けられない可能性があるとも述べられています。文献検索ではMRSA保菌を防ぐための抗菌薬療法の適切な期間を示す報告は見つかりませんでした。また、MRSA感染と同様に、より低い出生体重はMRSA保菌と関係していました11)16)25)27)29)-33)が、NICU入院時の年齢や移送方法、性別等はMRSA保菌とは関係していなかったと述べられています。
なお、エビデンスレビューの結果および全体の潜在的なリスク要因とリスク指標の概要が付録にまとめられています2)。
おわりに
黄色ブドウ球菌は、米国のNICUで最も一般的に報告されている医療関連感染病原体であり、侵襲性黄色ブドウ球菌感染症の発生率は、新生児、特に早産児や低出生体重児で高いとされています。一方で、最近の報告では、MSSAの罹患率と死亡率はMRSAと同等であり、NICU患者においてより頻繁に発生していることが示されています。MRSAは依然として疫学的に重要な優先病原体ですが、MSSA感染はNICUにおけるMRSA感染をはるかに上回るため、黄色ブドウ球菌全体としての予防戦略が必要とされます。各医療施設においては、院内独自のデータを使用して、介入の追加時期や、感染が発生している場合はその対象の選定などを行い、状況に応じた感染対策を行うことが重要です。
<参考文献>